「科学的・心理学的」という言葉を多用してもっともらしいことを言うインフルエンサーの不都合な真実<2>

論文を表面的に読み、知ったかをするインフルエンサーの手法

手法4 論文の要約だけを読んで、知ったかをする  インフルエンサーは全方位的な知識を持っているということを読者に錯覚させるために、様々な専門分野に関する知見を披露します。しかし、論文を正確に読み、解釈する作業というものは時間がかかります。そこでインフルエンサーは論文の要約だけ、あるいは考察だけを読んで、論文の全てを知っているかの如く語ります。  専門家から見れば、その知識の軽薄さは容易くわかりますが、専門知識を持たない一般の方を誤魔化すには、それで結構通じてしまうでしょう。  科学論文、ことに、心理学の論文構成は、要約、はじめに、方法論、結果、考察、限界の概ね6つのパートに分けられています。要約で実験結果の要約が、はじめにで先行研究のまとめと不足している部分が、方法論で実験手法が、結果で統計分析の結果が、考察で結果の考察が、限界で実験結果で得られた事実が限定的である理由が書かれています。  要約だけ読んでも一応、それなりには語れてしまうので、全方位的な知識の知ったかを乱発しなくてはならないインフルエンサーは、論文を全部読まずに、要約だけを読んで語る様子が垣間見れます。そんなことをやっているので、手法1のような比較対象の存在を知らなかったり、手法2のような状態になるのです。 ●手法5 メタ分析をやたら持ち上げる  メタ分析をやたら持ち上げる。これも知ったかを乱発しなくてはならず、精査する時間も能力もないインフルエンサーがよくやる手法です。この手法は、科学に不誠実とは思いませんが、不正確になり得ます。  メタ分析というのは、例えば、「ウソのサインとは何か?」という疑問の解明に挑んだ多数の論文を、筆者が設定した基準のもと収集し、全体的なウソのサインの傾向を見つけ出そうとする分析手法です。1つ1つの論文を精査している暇のないインフルエンサーは、記憶力が高まる手法のメタ分析、効果的なダイエット法に関するメタ分析、健康に良い食生活に関するメタ分析などなどを探し、全体的な傾向を見出し、「○○の解決法は△△だ!」と言い切ります。  確かにある謎に対する全体的な傾向をつかむためにメタ分析の知見は有効です。しかし、メタ分析に含まれていない(メタ分析から外された)論文の精査をなおざりにしてはいけません。例えば、ウソのサインに関するメタ分析によると、ウソつきは正直者に比べ、真の笑顔を見せない、ということがわかっています。

論文乱用インフルエンサーに伝えたいこと。「科学を愛せ」

 インフルエンサーの手にかかれば、「ウソつきは笑わない」となるでしょう。しかし、作り笑顔には様々な種類があり、それが真の笑顔とどう異なるかに関する研究は、このメタ分析には含まれていません。  こうしたメタ分析に含まれない論文を精査すると、ウソつきは正直者に比べ、作り笑いを多くする、ということがわかっています。真の笑顔と作り笑顔の正確な差がわかっていなければ、多くの笑顔を見たとき、どちらかを正しく区別できないでしょう。 笑顔 上の写真は、どちらの表情が真の笑顔でしょうか? どちらかが真の笑顔でどちらかが作り笑顔です(答えは、参考文献の下記に記します)。メタ分析に採用されてる真の笑顔は、口角が引き上げられ目尻にしわが寄せられた表情という定義のものです。しかし、作り笑いには様々な種類があり、目尻にしわの寄る作り笑いも存在します。  メタ分析はドランゴンボールの天下一武道会のようなものです。出場していない強者を考慮せず、天下一武道会の優勝者を世界一?宇宙一?この世もあの世も含めて?一番強いなどと言ってはいけません。優勝者はあくまでも出場者の中で一番強いというだけのことです。  私が、科学的・心理学的という言葉を多用するインフルエンサーに伝えたいことは、自己顕示欲や承認欲求を抑え、科学を愛そうよ、ということです。  こうしたインフルエンサーは、「あなたって凄い!」って言ってもらいたいがために、また、非専門家の目を欺きお金に変えるために、少なくとも、多くの専門分野の科学知見を広く浅く収集するという努力をしているわけです。  その努力、1つか2つの専門分野に焦点を絞りませんか? 本物の専門家になれますよ。全知全能のようなフリをやめませんか? 1つを追求することは、辛くもありますが楽しいですよ。科学を乱用するインフルエンサーの皆さんに、科学のセンス・オブ・ワンダーを感じ、真に人と社会のためになる知見の創造や情報提供をする喜びを感じて欲しいと、心から願っています。 ※記事内の画像の権利は、株式会社空気を読むを科学する研究所に帰属します。無断転載を禁じます。 参考文献 DePaulo, B.M., Lindsay, J.L., Malone, B.E., Muhlenbruck, L., Charlton, K., Cooper, H., 2003. Cues to deception. Psychological Bulletin 129, 74–118. Ekman, P., 1988. Lying and nonverbal behavior: theoretical issues and new findings. Journal of Nonverbal Behavior 12, 163–176. Ekman, P. (2003). Darwin, deception, and facial expression. Annals of the New York Academy of Sciences, 1000, 205–221. doi:10.1196/annals.1280.010 McLellan, T. L., Johnston, L., Dalrymple-Alford, J., & Porter, R.(2010). Sensitivity to genuine versus posed emotion specified in facial displays. Cognition and Emotion, 24, 1277–1292. doi:10.1080/02699930903306181 (解答)Aが真の笑顔でBが作り笑いです。両者を静止画像から区別することは難しく、動画から笑顔の表出・消失のスムーズさやタイミングを分析することで区別することが出来ます。 <文/清水建二>
株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役・防衛省講師。1982年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でメディア論やコミュニケーション論を学ぶ。学際情報学修士。日本国内にいる数少ない認定FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持している。20歳のときに巻き込まれた狂言誘拐事件をきっかけにウソや人の心の中に関心を持つ。現在、公官庁や企業で研修やコンサルタント活動を精力的に行っている。また、ニュースやバラエティー番組で政治家や芸能人の心理分析をしたり、刑事ドラマ(「科捜研の女 シーズン16・19」)の監修をしたりと、メディア出演の実績も多数ある。著書に『ビジネスに効く 表情のつくり方』(イースト・プレス)、『「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』(フォレスト出版)、『0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』(飛鳥新社)がある。
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