―― 安倍総理は戦後生まれの世襲議員であり、それ以前の宰相とは異質なように見えます。
山崎:安倍政権は戦後政治の中で特殊な位置を占めていると思います。戦後政治を振り返ると、そこには戦前から続く
官僚主義と、戦後に始まった
草の根民主主義という二つの潮流がありました。戦後政治の底流には、エリートと叩き上げ、そのどちらが日本を引っ張っていくのかという主導権争いがあったのです。
それが最もよく現れたのが
佐藤政権末期です。当時、「ポスト佐藤」の座をめぐって
福田赳夫と
田中角栄が争いましたが、福田は吉田茂、岸信介、池田隼人、佐藤栄作に連なる官僚主義の嫡子です。それに対して、田中は草の根民主主義の申し子です。
佐藤総理には、戦前から続いている官僚エリートが国政を担うべきであるから、その系譜に連なる福田が新たな自民党総裁として政権を担当すべきだという思惑があったと思います。
しかし結果的に田中がポスト佐藤の座を獲得したことで、官僚主義の流れは途切れました。田中派の系譜、すなわち草の根民主主義の潮流はその後も脈々と受け継がれていった。
それでは、中曽根総理はどうか。中曽根総理は帝大卒業後、内務省を経て海軍主計中尉になり、もともとは戦前の官僚エリートです。しかし、政治家になってからは憲法改正の旗を立てて自転車で全国を遊説したり、また憲法改正の歌を作ったりして、草の根民主主義の在り方を実践された。その意味で中曽根総理はエリートと叩き上げの両面を兼ね備えた政治家だった。
ところが、現在の安倍政権はエリート主義でも草の根主義でもなく、いわば
世襲主義です。
エリートでもなければ叩き上げでもないボンボンが日本を引っ張っているという状況は、これまでになかったことです。
―― 佐藤内閣の時には「三角大福中」と呼ばれる有力な後継者たちがいましたが、今では存在感のある総理総裁候補はほとんどいません。なぜ自民党は活力を失ってしまったのですか。
山崎:それは安倍総理が後継者を育成しなかったからです。たとえば、中曽根政権は「ニューリーダー」と呼ばれる後継者たちを育てました。竹下登には大蔵大臣・幹事長、安倍晋太郎には外務大臣・総務会長、宮澤喜一には通産大臣・政調会長を任せるなど、後継者たちを政府与党の枢要ポストに起用して経験を積ませ、お互いに切磋琢磨させたのです。
最終的に中曽根総理はご自身がやり残した売上税(消費税)導入をやり遂げるという約束で、竹下登を後継指名されました。あらかじめ一定の方針を持って後継者を育成し、バトンタッチしたということです。
それに対して、安倍総理は積極的に後継者を育成しているようには見えない。小泉進次郎を環境大臣という端役に起用したのが良い例です。もちろん現代において環境問題は重要な問題ですが、伝統的に環境大臣というポストは端役とされています。安倍総理には、国民が最も支持する若手議員である進次郎氏を枢要ポストに起用して育てる気がないということです。
安倍政権の中で連続して主要閣僚に起用されているのは麻生副総理兼財務大臣と菅官房長官ですが、これは色々な意味で後継者育成には該当しない。党三役では二階幹事長が目立っていますが、総理を目指しているわけではない。総務会長や政調会長は誰がなっているのか分からないくらい存在感がない。
安倍総理が後継者を育成してこなかったために、「ポスト安倍」の自民党は後継問題をめぐって四分五裂の状態に陥り、低次元の権力闘争の混乱だけが残るでしょう。つまり「三角大福中」時代のように超大物が競い合うのではなく、小物が競い合うという感じになる。
もはや自民党は「ヘソのない政党」のようになってしまった。安倍総理が一強独裁体制を敷いてきたツケは大きい。
―― 自民党議員が小物ばかりになったのは、小選挙区制の弊害でもあると思います。
山崎:同感です。中選挙区制の時代では、派閥が議員を育成する役割を果たしていました。中選挙区では一つの選挙区で複数の候補者が当選するため、派閥同士で熾烈な競争を行い、お互いに切磋琢磨することができたわけです。しかし小選挙区では派閥同士の競争原理が働かない。そのため、派閥はかつてのような教育システムの機能を果たせなくなったのです。
また中選挙区制では無所属非公認でも選挙に出て、当選することもできました。私自身、1972年の初当選時は無所属でした。しかし現在の小選挙区制では無所属非公認では選挙に出られない。出ても当選できない。昔は志さえあればチャンスを作れたが、今は志がないし、あってもチャンスが作れない。
その結果、
地盤・看板・鞄はあるが志のない世襲議員が増えていき、自民党の質が著しく劣化している。「自分は生まれながらに政治エリートになる資格がある」と勝手に思い込んで出てくる人間ばかりで、安倍という権力者にしがみつくだけの政治家群像になってしまった。
昔の自民党には「こいつは将来大物になるぞ」という人材がゴロゴロいましたが、今の自民党にはほとんど見当たらない。人材が払底している。自民党OBとして私自身の責任も噛み締めていますが、本当に目を覆いたくなる状況です。自民党だけではなく日本全体にとって由々しき事態です。
―― 小選挙区制度の弊害は明らかです。この制度は変えるべきだと思います。
山崎:それはその通りですが、現実的ではないと思います。小選挙区制で当選している議員に選挙制度を変えるモチベーションはないですからね。それゆえ問題は、現在の選挙制度のままでいかに人材を育成していくか、ということです。答えは一つしかない。派閥の競争がなくなった以上、やはり与野党の競争で人材を育成するしかないのです。
もともと小選挙区制の在るべき姿は、与野党の間で振り子の原理が働いて、政権交代の緊張感があることです。与党は政権交代を防ぐために、野党は政権交代を実現するために、お互いに党内で議論を重ねて魅力ある政策を打ち出し、有為の人材を育成していく。
ところが、実際には与野党の実力に差があり過ぎて振り子の原理が働いていない。十両相手じゃ横綱の稽古にはならんのです。その結果、稽古をしていない横綱の実力も大関どころか関脇、小結くらいに落ちる。野党が弱いだけではなく、その状況に胡坐をかいた自民党も劣化して、政治全体の質が落ちてしまっている。
いま必要なのは、政権交代の緊張感を取り戻すことです。そのためには野党が強くならなければダメです。そうすれば自民党も負けん気を出して、与野党で切磋琢磨することができる。