大田氏の講演は万事こんな調子。実際の「カルト批判」を踏まえずに「カルト批判」を批判し、自身の主張は矛盾だらけ。思想史研究者を自称しているのに、カルトの問題を指摘する「マインド・コントロール論」の成立過程を誤認したまま発表していた部分もあった。個別に指摘すると長くなるので割愛する。
ここではオウム関連の部分に注目したい。
「80年代以降の日本のカルト対策は、どういうものが基調になっていたかと言うと、保護説得。場合によっては拉致監禁も含むような強制的な説得方法と、あとメディアバッシング。悪評戦術を立てていく。これによってカルトを攻撃していこうというのがカルト対策の基調になっていってしまったところがある。(略)実は、こういう特殊なカルト問題の解決方法が統一教会問題からオウム問題に応用されて、それが問題を大きくしてしまったのではないかと思う」(大田氏)
「これ(坂本弁護士一家殺害事件)については、誰が悪いかは議論するまでもない。破壊的カルトであるオウム真理教が悪いということは言うまでもないことだが、果たして、そういう破壊的カルトに対して我々社会が対応する方法にも全く問題なかったかというと、やっぱりぼくはそうではなかったのではないかと思っています。心を鬼にして申し上げるところもあるのですが」(大田氏)
心を鬼にした大田氏は、1989年に『サンデー毎日』が掲載した「オウム真理教の狂気」と題する批判報道を「冷静で客観的な報道というよりはタイトルからしてバッシング」と説明。「その後、冷静な対話を行なうことが著しく困難になってしまった」とした。
当初『サンデー毎日』の牧太郎編集長の殺害を計画していたオウムが坂本弁護士に狙いを切り替えた原因を、大田氏はこう説明した。
「坂本弁護士が信教の自由の否定。それから青年信者も家族が反対すれば家に帰ってもらうという仕方で、『強制的にオウムをやめてもらいますよ』ということを一足飛びに口にしてしまったということがありました」
坂本弁護士が統一教会問題における批判者側の「拉致監禁」をも踏襲し、強制脱会を試みたかのような説明だ。
殺害される直前の坂本弁護士とともに「オウム真理教被害者の会」(後に「オウム真理教家族の会」に改称)設立に関わった永岡弘行会長の妻・英子氏は、私の取材に対してこう説明する。
「私が坂本弁護士に初めて会ったのは、被害者の会の発起人会があった10月21日(坂本弁護士が殺害される約2週間前)です。統一教会問題に取り組む方々と情報交換を始める間もなく坂本弁護士は殺害されてしまったんです。坂本弁護士も私たちも、オウム問題に取り組むために手探りで勉強し始めたばかりで、統一教会問題のことも知らないし、拉致監禁なんて全く知りませんでした。統一教会問題への取り組みを踏襲する時間なんかありませんでした。それに坂本さんは信教の自由を否定していません。出家した子供を返してほしいという親からの相談を受けて坂本さんが上祐らと交渉した際、『こちらには信教の自由がある』と言い放った上祐に『人を不幸にする自由はない』と返しただけ。それも、極めて温和な態度だったと聞いています」
日本国憲法では信教の自由を含め様々な自由が保障されているが、「国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」(第12条)という条件がついている。坂本弁護士の「人を不幸にする自由はない」は正論であって、信教の自由の否定でも何でもない。また弁護士が交渉の席で信者の帰宅を要求したところで、単なる要求だ。拉致監禁でもなければ拉致監禁予告でもない。坂本弁護士が「拉致監禁」を予告したとする情報はない。
そもそも80年代の統一教会対策において「拉致監禁」が「基調」だったとする大田氏の歴史観もずいぶん歪んでいるが、それはさておき坂本弁護士が「拉致監禁」を踏襲していたことを示す事実がない。大田氏自身、講演においてそのような事実を示していない。もはや歴史の捏造だ。
「信教の自由は絶対ではないので、それを否定することはできるが、それは民間の人間が個人として行うことができるわけではなくて、合法的にそれを行うためには、治安立法に基づくような国家的合意が必要であったはずで、さらにその遂行者は公安でなくてはならなかったと思う」(大田氏)
坂本弁護士は、オウムで出家してしまった未成年信者の親から相談を受けて、子供を家に戻すためにオウムと交渉していた。その遂行者は民間人ではなく公安であるべきだという大田氏は、公安を「入信した子供を親の依頼で取り戻してくれる代行機関」か何かだと思っているのだろうか。
「一線を明らかに踏み越えてくる団体と接する場合には、やっぱり公安と連携が取れているということがとっても大切だったが、残念ながら坂本弁護士の場合はいろいろな事情があって公安との連携が十分に撮れていなかった。むしろ坂本弁護士が所属していた横浜法律事務所は、左翼系の問題である国鉄労組問題であるとか、共産党幹部宅盗聴事件というものに関わっていて(それらの事件をめぐる代理人等を受任していたという意味か:筆者注)、むしろ公安と対立していた。公安のヘルプを求めようとして、それがどうしてもできない状況にあったことが大きな問題だったのではないかと考えられる」
坂本弁護士が左翼だったことが事件の原因であるかのような説明だ。
実際には、坂本弁護士や事務所が左翼だ何だという話は、坂本弁護士一家殺害事件前に取り沙汰されたものではない。
坂本弁護士一家が「失踪」した後になって警察側がメディアにリークした虚偽情報(「坂本弁護士は左翼の内ゲバに巻き込まれた」等)の根拠あるいは関連情報として取り上げられたものだ。事件の原因ではなく、事件後の警察の捜査やメディアの報道が迷走した原因であり、言うまでもなく
坂本弁護士や所属事務所ではなく警察側の問題である。
大田氏の説明は理屈の因果関係ばかりか事実の前後関係までもが無茶苦茶だ。
要約すると
大田氏は、坂本弁護士一家殺害事件を「坂本弁護士が左翼だったために本来公安がやるべき仕事を個人でやらざるを得なくなり、教団に対して信教の自由を否定し、信者の拉致監禁をしようとしたために殺されたのだ。オウムが悪いことは言うまでもないが坂本弁護士にも問題があった」と解説しているのだ。オウム問題にいち早く取り組み命を落とした坂本弁護士への、根拠なき中傷である。
この事件では坂本弁護士の妻と子供までオウムに殺されている。事件の原因が坂本弁護士にあったとする大田氏の主張は、坂本弁護士が妻や子供を死なせたのだと言うに等しい。大田氏は、自分が何を言っているのかわかっているのか。