ズンさんの葬儀(撮影/月刊日本)
2019年8月17日、いくつかの新聞に小さな記事が掲載された。
「栃木の用水路に女性遺体 事件の可能性も」(産経新聞)
17日午前9時35分ごろ、栃木県足利市堀込町の農業用水路に女性の遺体があるのを水量調査中の団体職員が見つけ、119番通報した。県警足利署によると、女性は20~30代とみられ、身長約150センチ。ブラジャーとスパッツのような衣類を着用していたが、シャツや靴は身に着けていなかった。署は、事件の可能性も視野に、身元や死因を調べる。」(
産経新聞ネット版)
実は、この女性は
失踪したベトナム人の元技能実習生だったのだ。名前はヴィ・ティ・トゥイ・ズン。28歳の若さだった。なぜ彼女は命を落とさねばならなかったのか。遺体の引き取りから葬儀、その後の捜査まで密着取材した。
9月4日、栃木県足利警察署を訪ねた。警察署のロビーで待っていると、日本人の男性に伴われたベトナム人の女性が現れた。ズンさんの妹であるホアイさん(27歳・仮名)だ。姉妹は技能実習生として日本に来ていたが、この日、妹は実習先の上司と共に姉の遺体を引き取りにきたのである。その表情は極度の緊張で強張っていた。なぜこんなことが起きてしまったのか。
「姉は埼玉県の会社で技能実習をしていたんですが、2019年6月に実習先から逃げ出していました……姉は子どものために日本に来たのですが、お給料が少なくて、これでは子供が育てられないと嘆いていて……仕事内容は部品の組み立て作業だったのですが、ノルマもきついと愚痴をこぼしていました。ところが、それを会社の人に聞かれてしまったようで、いつ帰国を強制させられるか分からないと怯えていて……実際に以前、そういう事例があったと話していました」
「毎日家族で連絡を取り合っていたのですが、8月16日に連絡が取れなくなって、どうしたんだろうと思っていました。2~3日経っても連絡が取れないので、19日に姉の住んでいる家まで行きましたが、誰もいなくて……会社の方に相談して警察に連絡をしてもらったら、次の日に来てほしいと言われて……そこで姉と会いました」
警察は17日に遺体を発見したが、身元が特定できないでいた。
遺体はブラジャーとスパッツしか着用しておらず、はだしだった。
顔には複数回殴打された跡があった。発見現場の用水路は幅約10メートル、深さ約1メートルで、発見時の水深は約23センチだった。行方不明になった16日夜には、
近隣住民が女性の悲鳴を聞いたともいう。
「実は、姉は
失踪後に働いていた職場にいた上司に言い寄られていて、どうしたらいいか悩んでいました。
上司の奥さんにも目をつけられて、嫌がらせを受けていたそうです。8月16日には仕事を辞めてくると言っていたのですが、その日の夜に行方が分からなくなって……」
医師による検案の結果、死因は溺死と判断された。遺体の引き取り時、足利警察はホアイさんに「現時点では事件か事故か判断できない」と説明した。元刑事に意見を求めた。
「死体はブラジャーとスパッツしか身につけておらず、顔には殴られた跡がある。何らかのトラブルがあったことは間違いないだろう。しかし溺死だと事件化するのは難しい。相手が用水路に突き落としたのかもしれないし、相手から逃げる途中で誤って自分から落ちたのかもしれない。目撃者や防犯カメラの映像が残っていない限り、真相は分からない可能性が高い」
ズンさんの遺体は足利警察からホアイさんに引き取られた後、そのまま葬儀社に預けられた。