『Transgender Dysphoria Blues』Against Me!(2014)
『Transgender Dysphoria Blues』Against Me!(2014)
21世紀に入ると、フェミニズムやLGBTの主張がこれまで以上に強固なものとなっていったが、遂に
“性転換ロッカー”まで登場 するご時世となった。それがフロリダ出身、シカゴを拠点とするパンクバンド、
アゲインスト・ミー! の旧名トーマス・ジェイムス・ゲイブル、改めローラ・ジェーン・グレースだ。
男性としてすでにアルバムを5枚発表し、人気バンドになりかかっていた矢先の2012年の「彼(当時)」の
性転換宣言はロックシーンに衝撃を与えた が、これはローラになってからの最初のアルバム。タイトル曲や「
The Trans Soul Rebel 」をはじめとして、ここでは一貫して、
性同一性障害にまつわる面倒なことが自虐的なブルースとして歌われる が、それをポップ・パンク、ガレージロックを通して痛快かつ爽快に歌いきっている様は、彼女自身の開放感と満足感を強く感じさせる。
新たなる性の可能性のパイオニア だ。
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『To Pimp A Butterfly』Kendrick Lamar(2015)
2010年代、マネー・ゲームになりさがりつつあったヒップホップに、いま一度社会や黒人の人種差別の問題に向かい合った、
ストリートやコミュニティのリアルを語る血の通ったヒップホップの重要性を再認識させた立役者 こそ
ケンドリック・ラマー だ。
デビュー作で、犯罪が当たり前の生活環境から自己を解き放ち、ラッパーとして生きていく半生を描いた彼は、この2作目でサウンドではジャズやソウルといった黒人文化の伝統と向かい合い、奴隷時代から現在まで、黒人がどう搾取されてきたかを訴え、「
King Kunta 」「
Alright 」「
I 」といった新たなアンセムと共に、
黒人の誇りと、失敗やマイナス志向に屈せず戦い続ける自身への強い自己肯定を歌い上げた 。
こうした彼の姿勢がヒップホップに新たなリスナーを誘い込み、トレイヴォン事件以来、
黒人差別への暗い影がさしかかりはじめた黒人社会にとっての新たなサウンドトラック にもなった。
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『Lemonade』Beyonce(2016)
『Lemonade』Beyonce(2016)
2010年代の音楽界の「戦うキング」が
ケンドリック・ラマー であるならば、クイーンは間違いなく
ビヨンセ だった。元々、誇り高きフェミニストとして知られていたビヨンセだったが、2013年に
母親になったことでかえって「落ち着いてなんていられない」と、アーティストとしての進化を自身に誓い、完成した意欲作 こそ本作。
ジャンルを超えた参加陣のもと、多様な音楽性にトライする様はさしずめ
マイケル・ジャクソン の『
スリラー 』に黒人女性が30数年かけて返答したようなオーラがすでにあるが、そこに
警察官の黒人への暴力事件に反旗を翻した 「
Formation 」や60sの「
ブラック・イズ・ビューティフル 」のスピリットの警鐘をケンドリック・ラマーと共同で警鐘宣言を行ったような「
Freedom 」といった、社会的な戦うアンセムまで揃っているから鬼に金棒。時代を象徴する歴史的一作を決定づけた。
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『Let Them Eat Chaos』Kate Tempest(2016)
『Let Them Eat Chaos』Kate Tempest(2016)
21世紀という時代は、詩人がヒップホップのトラックに乗りながら作品を発表する時代にもなったが、
ケイト・テンペスト はそんな、
詩人がラッパーになる時代を象徴する存在 だ。
本作は、同じ通りに住む、お互いを知らない7人の人物が、ある日、真夜中に起きた嵐で叩き起こされ、避難所で出会い、そこで自分を紹介し合うところからはじまる
コンセプト・アルバム 。これらのキャラクターを通じてケイトは、
暴力やドラッグ、さらには、ブレグジットを推進する反移民をかかげる極右の人たちに苦悩する人たち などを浮かび上がらせ、
現在のイギリスの抱える闇を表現 している。そして最後のトラック「
Tunnel Vision 」で彼女は、「眠ったままだと、嵐の激しさに気がつかない。直面できなければ逃げられもしない。でも、嵐は来てしまったのだ」と、
時代に強い警鐘を投げかけている 。
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