参議院議員が「地方代表」という誤解。人口比例選挙を実現すべきだ。<あべこべ憲法カルタ・第4回>

参議院=地域代表で、ほんとにいいの?

 憲法43条1項は、衆参問わず国会議員を「全国民の代表」と規定していることから、参議院を「地域代表」と捉えることはできない。また、一票の格差は都会と地方との対比でのみ起きているのでなく、実際には合区を解消したところで地域的「少数者」を救済することはできないということを確認した。  しかしここで一つ疑問がある。衆参とも同じく「全国民の代表」ならば、衆議院だけで充分であるはず。それなのにあえて国会を二院制とし、参議院を設けたのはなぜだろうか。  憲法が二院制を採用した趣旨は、「多角的かつ長期的な視点からの民意を反映させ、衆議院との権限の抑制、均衡を図り、国政の運営の安定性及び継続性を確保しようとしたものとされる(平成29年大法廷判決参照)。「多角的かつ長期的な視点からの民意を反映」という点から参議院に地域代表的な性格を認めていいのではないか、というのが自民党案の主張である。  また、アメリカでは、下院は人口割で議席配分が定められるが、上院は人口差にかかわらず一律に各州から2議席ずつ配分されている。つまり、下院議員は「国民の代表」だが、「上院議員」は「州の代表」となっており、これらとの関係でも「地域代表」を認めてもよいのではないかとも思える。これについてはどのように考えたらよいのだろうか。 「仮に参議院を全国民の代表としないのであれば、二院制の意義や参議院の役割の変更も議論し併せて改憲しなければ整合しません。日本を米国やドイツのような連邦制にするのであれば、連邦の代表としての第二院という位置づけもできますが、そうした議論をすることなく、参議院を地域代表としてしまうことは多くの矛盾を生むでしょう。  ちなみに米国の各州はそれぞれ憲法や独自の州法を持ち、最高裁や軍隊も持っています。まさに1つの独立国家といってよいほどの自律性が認められているのです。日本の都道府県の憲法上の位置づけとは比較になりません。仮に日本の地方自治や都道府県の位置づけをここまで大きく変更するのであれば、当然そうした憲法改正が更に必要となります」(伊藤氏)

合区以外の解決策はあるのか?

 日本の人口自体が減少し、都市部への人口流出で地方の人口は減少しつづけている。投票価値の平等を厳しく求めれば、今後さらに都道府県単位の選挙区を維持できない道県が増え、それに伴い合区を増やしていかざるをえない。一方で、野党にも、合区解消に賛同する声も多い。 「国は人口比例選挙を実現すると“地方の切り捨て”になるといってこれに反対してきました。参議院の都道府県代表としての機能が重要だと主張してきたのです。ところが2016年から導入された合区は、その都道府県代表たる性格を否定するもので、自己矛盾もはなはだしい。合区された地域から批判がでるのも当然でしょう」(伊藤氏)  しかし、例えば沖縄の米軍基地や原発の問題など都会と地方、都道府県同士で利害関係が対立してしまうような問題は、「都道府県」代表を認めていく必要性が一定程度あるのではないだろうか。 「沖縄や原発の問題が重大な問題であることに異論はありません。しかし、これらの問題と一票の格差の是正、人口比例選挙とは何の関係もないのです。これらの政策は国会における多数決で決まる。よって、ある特定の地域の議員がどんなに反対しても、他の多数派の地方選出議員が賛成することによって負担を押しつける法案は可決されてしまいます。  沖縄県に1人の議員を確保したところで、中央政府が沖縄に基地を押しつけるのであれば、何の役に立つでしょう。現在の状況をみてみれば、沖縄県選出の国会議員がいることによって基地強制を阻止するに至っていません。これは都道府県選出議員が努力するべき問題という範疇を超えているのです。  どこから選出されようと特定の地域に基地を押しつけることはおかしいと声を上げることが国会議員の職責です。自分の地元に来なければそれでよしとするような議員は、国家レベルで防衛を考えることができない議員ということ。議員の資質の問題を人口比例選挙を後退させる理由にすり替えてはいけません」(伊藤氏) 最後に、人口比例選挙を実現するために、合区以外に対策はあるのだろうか。 「合区をしなくても、より広域のブロック制を採用した上で、比例代表や大選挙区にする方法もあります。西岡参議院議長が2011年4月に発表した9ブロック比例代表改革案では格差は1.066倍まで縮小しました。合区以外にもやりようはいくらでもあるのです」(伊藤氏)  「参院選『合区』解消」たたき台素案は、地方の声を反映するという理想を掲げているものの、ここでいう「地方」とは「都道府県」単位でとらえてよいのだろうか。マイノリティとして「地方」をとらえるならば、「都道府県」という枠組みでは本当に救済の必要なマイノリティがこぼれ落ちる可能性がある。伊藤氏の、“意見を尊重すべき少数者は、地方のみならず多様に存在する現状、および、都道府県内でも市街地と山間部では利害が対立することもある”という指摘は問題の本質を突くものだ。個別具体的な問題を「都会と地方」「都道府県」という枠組みにすり替えて捉えることの愚に改めて気がつかせられる。    また、人口比例選挙の実現のためには、参院選でも都道府県より広域のブロック制を採用する案のように、憲法43条の「全国民の代表」の趣旨から必要とされるのは、合区解消ではなく、参院選の選挙制度・選挙区割改革の議論であるはずだ。 ※伊藤真『憲法 第3版 (伊藤真試験対策講座 5)』参照 <取材・文/林夏子>
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