異質なものについて考え続けていきたい。「種をまく人」竹内洋介監督<連載・映画を通して「社会」を切り取る2>

竹内洋介監督

映画を通して「社会」を切り取る 第2回

 精神病院を退院した中年男性と姪にあたるダウン症の妹を持つ少女、そしてその家族を描いた「種をまく人」が話題の竹内洋介さん。ギリシャの第57回テッサロニキ国際映画祭で最優秀監督賞、最優秀主演女優賞を受賞、他の海外の映画祭でも高評価を受け話題に。  現在は池袋シネマ・ロサで公開中ですが、社会的なテーマを扱った意欲作と多くの映画ファンの支持を受けています。そんな竹内さんに、前回に引き続き、映画制作に至る経緯と小学生から続けているという絵を描くこと、そして、これからの映画作りのあり方などについて聞きました。

飛行機の免許を取得、パリで油絵、アフリカを放浪……

――大学を卒業された後、飛行機の免許を取りにアメリカに行っていますね。 竹内:サン・テグジュペリの本を読んで飛行機に乗りたいと思っていたので、大学卒業後に会社員として働いて貯めたお金を全てつぎ込んで、自家用航空機の免許を取りにアメリカへ行きました。ところが、渡米直前に9.11が起きて思うように行かず、ハワイへ行ってグライダーの免許を取って、落ち着いた頃またロスアンゼルスに行って飛行機の免許を取り直しました。 ――実際に乗ってみていかがでしたか? 竹内:サン・テグジュペリの『夜間飛行』そのままの世界でしたね。真っ暗闇の中で街の光が星に見えながらどんどん降下していった時、思い出して涙が出そうになった時もあります。「ああ、こういうことか」と。  また、真っ暗闇なので目の前に山があったのも気が付かず、隣に座っていた教官に「死にたいのか」と怒鳴られたこともあります。ぎりぎりまで何も言わない教官もなかなかの人ですよね。初めて単独飛行した時には、開放感からセスナ機の中で叫びました。  プロペラのないグライダー機の飛行は、エンジン付きの航空機にワイヤーロープで引っ張られて上昇した後ロープを外します。それから上昇気流を探しながら飛ぶのですが、ぐわっと風に持ち上げられて旋回した時に、隣を見たら鳥がいたんですね。  エンジンが付いてないので、風の音しか聞こえなくて。これがナウシカの世界なんだとその時初めて実感しました。本当に鳥になった気分でした。 ――その後、絵画の勉強のためパリに行き、自作の油絵でアトリエが主催するAcadémie de Port-Royal展の審査員特別賞を受賞していますね。映画より絵の制作を先に始めたのでしょうか。 竹内:そうですね。小学生の頃から絵を描くことが好きで独学でひたすら描いていたのですが、油絵をじっくり描いてみたくなってパリの小さなアトリエに行ったのです。絵画も映画も表現方法の一つに過ぎないので自分の中で分けて考えたことはないです。  パリを出た後は、半年近くアフリカで旅をしました。パリから飛行機でエジプトに行き、そこからナイル川を下ってスーダンへ行き、ケニアまで陸路で行ったんですね。スーダンからチャドにラクダで抜けることが夢だったのですが内戦中でビザが下りず、ケニアからセネガルへ飛んでモロッコまでまた陸路で北上しました。途中、石炭貨物列車に乗って石炭の上で寝たりもしました。モーリタニアのサハラ砂漠が美しかったですね。  モロッコに着いた時はヨーロッパみたいで拍子抜けしたので、モロッコ製の自転車を買って2週間野宿しながら放浪していました。そこからスペインを抜けてパリへ戻って帰国しました。 ――アニメーションの会社へ就職した後、映画美学校へ行っています。映画美学校へ入った時は、絵ではなく映画に取り組もうと思っていたのでしょうか。 竹内:映画で稼いで絵を描けたらいいな、と思っていました。当時は何も分かっていなかったんです(笑)。
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映画に散りばめられたゴッホの要素
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