在日韓国人3世の目から見た、日本人にとって「世界への挑戦」が身近にならない3つの要因

呉宗樹さん 講師は全員フィリピン人。英語の非ネイティブへの教授法の資格「TESOL」を取得した講師がレッスンを行い、受講者の98%が「満足」と答える英会話スクールがある。  日本人向けセブ島留学サービス「ミライズ留学」と、首都圏を中心に立地する英会話スクール「ミライズ英会話」だ。両スクールを運営するMeRISE(ミライズ)株式会社の呉宗樹(オ・ジョンス)代表は、「世界への挑戦をもっと身近に」というミッションを掲げる。  呉代表は、自身のルーツである韓国語はもとより、29歳まで英語ともフィリピンとも縁のない生活を送ってきた。「アジアにあるどこかの国で起業をする」との気持ちだけで語学留学に行ったセブ島で、英語教育の分野で創業するに至った。  英語となじみが薄い環境に30年近くも身を置いてきた呉代表は、なぜ英語教育事業の展開に力を入れているのか。

26歳のとき、ルーツである韓国へ向かった

 呉代表は、在日韓国人三世として日本で生まれ育った。幼稚園から大学までずっと日本の学校に通い、家庭での会話もすべてが日本語。周りで韓国語が話せるのは祖父母くらいだったので、ほとんど理解もできなかった。国籍を漠然と意識していたものの、特段気に留めることなく進学と就職を迎える。  大学卒業後は新卒で大手不動産会社に入社。以来トップセールスとして営業で好成績を残し、順調に出世を果たしてきたのだが、5年目の26歳のとき、自身が「これまでの人生で一番怖かった決断」をする。 「突然仕事を辞めて、ソウルで一人暮らしを始めました。同じ在日の友人が学生時代に韓国に行く様子を見て、私もいつか自分のルーツである韓国に一度住んでみたかったのもありました。なんとなく30歳を過ぎると行きにくくなるのではと感じ、『今しかない!』と思い切りました。  両親や上司、友人を含め、周りからは相当な反発を受けましたね。ほとんどの人に理解はしてもらえませんでした。でも、批判的な対応をする人たちは私の人生に責任を持ちません。その時自分が一番何をしたいかという心の声に従いました」

語学留学のため、韓国人はフィリピンに行っていることを知る

 韓国では、後にミライズ創業につながる2つの大きな気づきとフィリピン留学との出会いを果たした。 「ひとつは、日本よりもネットインフラがはるかに進んでいたことです。私がソウルへ行ったのは2000年代後半でしたが、日本ではiPhoneの初代が出始めたころで、スマホはほとんど普及していない状態でした。でも当時からソウル市民は今でいうスマホの前身みたいなデバイスを使っていました」  韓国では1990年代後半に起こったアジア通貨危機から脱却するため、金大中大統領がIT産業の振興に努めた歴史がある。 「もうひとつは、海外に目を向けるビジネスパーソンが多かったことです。韓国では大きな経済圏がソウルに集中しており、マーケットは決して大きくありません。国が大きくなるには外需をとりにいくしかありません。そのため政府も海外に進出するための支援を整えています」  海外で学習や仕事をするには、英語力が必須だ。そこで韓国の民間企業が目をつけたのがフィリピンだった。民間企業は日本に先んじて2000年代初頭にフィリピンに語学学校を設立し、韓国から受講生をつのり、現地での英語学習に力を入れていた。留学生の中には大学生もいる。韓国では休学をする大学生が多く、フィリピンで英語を身につけてから帰国し、復学する学生もいる。  呉代表も「ソウルで私が韓国語で上手くコミュニケーションを取れずにいると、自然と英語で話してくれる人ばかりでした」と当時を振り返る。実際、韓国人の英語スキルは高い。TOEICを実施・運営する「国際ビジネスコミュニケーション協会」が行なった2018年の調査では、日本は520点に対して韓国は673位と、150ポイントほどの差をつけている。
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英語がネックで挑戦しないのはもったいない
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