今回の論争の中で、血液提供者への宇崎ちゃんグッズなどの記念品提供は、過剰な報酬にあたるのではないかという派生議論が起きていました。
筆者は、HTLV-1(ヒトTリンパ好性ウイルス)汚染地域である南九州出身且つ、ワクチン集団接種での日常的な針の使い回しを目撃した(高校3年の末に長年の針の使い回しを認識した)為に、以後それまで積極的に行っていた献血を自粛し*、大都市の献血ルームに行ったことはありません。そのため精々、三角パックみかんジュースと僅かの菓子パンをもらった程度でした。
<*実際にはHTLV-1スクリーニングが数年遅れて始まっており、以降、血液提供者が仮に感染していても血液は破棄された。10年ほど後に複数回の検査の結果、筆者はHTLV-1陰性であったが、その後の海外居住歴などのために現在も血液提供者(ドナー対象者)から外れている>
ここで、前回抜粋した「
献血と輸血に関する倫理綱領」の第一項目から、報酬の禁止(忌避)に関する箇所を抜き出します。
1) 移植用造血組織も含めて、献血はいかなる場合も無償でなされるべきである。
2) 現金ないしは代替品とみなされる形の報酬を受け取らなかった場合に始めて、その献血が無償と判断される
3) この報酬の範疇には献血および移動に要する適正な時間を超える休業時間も含まれる。
4) ただし、少額の御礼の品、飲み物・スナック、直接掛かった交通費の返済は自発的かつ無償の献血という定義に矛盾しない
1)~3)は報酬の禁止ですが、3)は報酬としての休業時間の提供で、とても厳しいと感じます。4)が交通費の実費返済と、記念品・お礼品、軽飲食を認める条項です。
歴史的に売血は、アルコール依存と強い関係がありましたので、献血でアルコールの提供は流石に不味いと思いますが、菓子類やドリンクバーの提供が「無償の献血」という定義に反するとはとても考えられません。
記念品類も精々食器・茶器や文房具、キャラクターグッズ程度で、多数回の献血記念に日赤から贈られる食器・茶器類にも金銭的価値はたいしてありません。
触れたくはありませんが、売血での血液の想定相場(おそらく400mlで数万円)と拘束時間によるドナーの遺失利益から考えると、献血において供される軽い飲食や記念品の金銭的価値は、その一割にもなりません。従って筆者には、
クリアファイル如きで売血だ、報酬だ、過剰な返礼だと論じる意味が全く理解できません。
なお2002年の「
安全な血液製剤の安定供給の確保等に関する法律」(血液法)制定によって献血の礼品や記念品として図書カードなど金券が配布できなくなりました。この影響については、政策研究大学院大学で研究報告が公開されており、
返礼品から金券が無くなったことで有意に血液提供者が減少しているというかなりショッキングな分析結果が出ています*。
<*
平成 14 年血液法改正における献血者数の変化についての研究 2011年2月 政策研究大学院大学 まちづくりプログラム 小野寺容資>
研究報告者は、金券配布の再開が血液提供者を直接的に増やすであろうと報告していますが、これについては
「献血と輸血に関する倫理綱領」や血液法との整合性を取らねばなりません。額の多寡を問わず金券は流動性と換金性が高いため、筆者はこの案には否定的です。
献血での記念品が過剰な報酬にあたると言う議論について筆者は、とても本質的な議論であるとは考えられません。むしろポケモンGOなどの中年層が多くはまっているゲームとコラボ*して、そこだけのモンスターを配ればなどとアイデアが泉のように湧きますが、この記事の執筆中に、筆者自身がどうやっても国内では献血できないことを思い知りましたし、献血のしすぎで死人が出るほどの強烈なインセンティブになりかねませんのでここ止めておきましょう。
<*実際にアメリカ赤十字社ではバンダイ・ナムコの吸血鬼ゲーム、CODE VEINとの移動献血車でのコラボレーションを行っている。Twitch Conというゲームショーの会場でのプロモーションで、イラストの利用にもゾーニングの上での配慮が認められる。日本のコミケ等でも同様の企画がなされており、ノウハウは十分にある>
someone call the ambulance !!! ( really cool promo ) from r/codevein
今回、宇崎ちゃんポスター論争という形で献血のあり方、日赤のあり方が図らずも人々の議論の俎上にあがりました。
今回筆者は、国際輸血学会の献血と輸血に関する倫理綱領に照らして問題があると指摘しましたが、HBOL執筆者の
井田真人氏が、法的視点からの問題点を提起しています。
◆
「宇崎ちゃん献血ポスター」のもう一つの問題点。 法に触れている可能性も 井田真人2019/10/28
日赤の血液事業が陥っている苦境は、今後の加速度的且つ破滅的な人口減少で更に厳しくなるとしか考えられません。
そういったときであるからこそ、日本における血液事業の暗黒史と言っても良い負の歴史を振り返り、献血や臓器提供の原点、原則に立ち返るべきと痛切に感じます。
◆コロラド博士の「私はこの分野は専門外なのですが」緊急シリーズ・日本赤十字社献血コラボポスターに見る日赤の基本原則からの逸脱2
<文/牧田寛>