「関電被害者論」の根拠、「集落立ち退かせた」説は本当か? 航空写真検証で明らかになった嘘

国土地理院空中写真で見る田ノ浦周辺(高浜発電所)の歴史

 まず国土地理院1/25,000地形図で田ノ浦(高浜発電所)周辺を示します。これから示す空中写真(航空写真)は、地形図にあわせています。当然ですが、上が北です。  地図上で北(上)内浦港のある集落が音海(おとみ)集落です。地図中央の高浜発電所が田ノ浦、やや下(南)の東海岸側が小黒飯(おぐるい)集落、更にその南が難波江(なばえ)集落となります。この高浜発電所のある半島を音海半島と呼びます。  この音海半島は、かつては集落間を接続する道路の整備状態がきわめて悪く、渡船による海上輸送が盛んだったとのことです。
田ノ浦(高浜発電所)周辺地図

田ノ浦(高浜発電所)周辺地図
1/25,000国土地理院地形図

 次に、1947年11月と1948年10月の米軍撮影航空写真です。写真を精査すると、小黒飯から田ノ浦を経て音海まで、道路はあるにはありますが、自動車が通れるものには見えません。  田ノ浦には平地が広がっており、その全体が稲作耕地となっていますが、人家は全く見当たりません。また田ノ浦周辺も音海と小黒飯まで人家どころか道路の見分けすら困難です。  田ノ浦は、明治、大正の地形図でも稲作農地となっており、音海半島では、貴重な農地として使われてきたことが分かります。一方で居住の実態は見いだされず、道路も整備状態がきわめて悪いことから、昭和20年代は、せいぜい渡船による移動が基本であったものと思われます。  ところがこの田ノ浦は、航空写真からも分かるように小川からの土砂が海岸線に堆積しており、渡船による交通が困難であったことから、集落が開けなかったものと思われます。結果として田ノ浦は、通い農地として使われてきたことが分かります。

1947/11/03米軍撮影
写真中央が田ノ浦。全体が耕作地だが冬なので植生が見られない。下の小黒飯には集落が認められるが、田ノ浦には集落が認められない
国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスより

1948年10月13日米軍撮影

1948/10/13米軍撮影
国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスより
田ノ浦の耕地が良く写っている。やはり平地には住居等は一切見られないが、稲作が行われている。写真は稲刈り後なので植生が無く土が見えている。
田ノ浦から右下(南)の集落は、小黒飯(おぐるい)である。
田ノ浦の海岸には土砂の堆積が見られる

 1963年(昭和38年)になると、音海半島全体が大きく姿を変えはじめます。世は高度経済成長9年目ですが、全国津々浦々に路線バスが運行されるようになり、自家用車の普及も進みつつあった頃です。しかし、音海半島はきわめて急峻な海岸線の地形で、道路の整備は遅々として進みませんでした。
1963年7月31日国土地理院撮影

1963/07/31国土地理院撮影
国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスより
田ノ浦は、稲で覆われている。一方で、家屋等は一切見当たらない。
田ノ浦の南奥から海岸へ向けて小川が流れていることが分かる。地下水脈に要注意であろう。
この頃には、音海までの道路は、陸上自衛隊により改良がなされているが、写真の時点では渡船交通が主であったと思われる

 ここで昭和37年(1962年)に昭和天皇の若狭行幸があり、昭和40年(1965年)に高浜町による原子力発電所誘致が行われています。この間またはその少し以前に陸上自衛隊による道路敷設・改良が行われ、音海まで自動車通行が可能となった*ことが分かっています。 <*原発のある風景 柴野徹夫 前衛1979/08 pp.224に長老の証言として紹介されている。この時期、陸上自衛隊が訓練の一環として一般の公共土木では工事困難な道路の敷設、改良を行っている。基本的に自動車通行可能な道路が敷設されている。よく知られる事例では栃木県道266号中塩原板室那須線 塩原・板室間の山越え区間、通称「塩那道路」がある>  1965年に高浜町による原子力発電所誘致が行われると関西電力は、田ノ浦の調査を開始し、1969年5月には原子炉設置申請がなされています。

原発誘致開始以降の68年になり道路改良工事が進む

 1968年になると、関西電力による用地買収が進行しているらしく、すでに農地に何らかの土木工事が入っています。更に田ノ浦・音海間の道路改良工事が大規模に進行しています。
1968年06月07日国土地理院撮影

1968/06/07国土地理院撮影
国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスより
田ノ浦の農地に工事が入っている。おそらく関西電力による「調査工事」であろう。
写真上方で田ノ浦から音海までの道路に拡幅工事が行われている

 1969年5月になると、原子炉設置申請前にもかかわらず造成工事は大きく拡大しており幾つかの建物も見えるようになります。ここで初めて田ノ浦に建物が現れたことになりますが、当然これらは高浜発電所建設に関係する建屋です。この時点で田ノ浦隧道の建設が始まっており、発電所敷地に取り込まれる道路の付け替えが始まっています。
1969年05月18日国土地理院撮影

1969/05/18国土地理院撮影
撮影月に原子炉施設設置許可申請書等が関西電力により提出されている。
まだ原子炉設置許可は下りていないが、田ノ浦の工事が大規模化している。また音海までの道路改良工事も活発化している。道路は発電所敷地内を通っている為、迂回する為の田ノ浦隧道が着工されている
国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスより

 ここまでではっきり分かったことは、原子炉設置審査の報告にあるとおり、田ノ浦には集落はおろか居住者は一人もいなかったということです。ここで最近流布されてきた立ち退き云々は、嘘であったことが自明となりました。ここにその嘘を再掲します。 a)高浜発電所立地においてある部落(集落のこと)が立ち退きになりそれが、森山氏の利権の源であった  これは航空写真を調べれば一目で分かることで、否定は容易です。そうではあってもファクトチェックを誰かがやらねばなりません。こういう非生産的な嘘を羅列するのは止めてほしいものです。  ここまでで嘘を一つ潰すことは出来ましたが、折角ですのでその後の推移を見てみて行きましょう
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原子炉工事開始からはこう変化した
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