世界に拡大する中露の監視システムとデジタル全体主義

世界の最先端を走る中国の監視システム

 中国は我々にとって地理的にも歴史的にも近い国でありながら、その実態がくわしく報じられることはない。特に監視システムについては知られていないようだ。その監視および対応能力は迅速かつ強力であり、たとえば2019年最初の3週だけで700のウェブサイトと9,000のアプリを停止された。それらの中には、いわゆる反対派や人権擁護関係だけでなくテンセントのような巨大企業が管理していたものも含まれる。  2005年、中華人民共和国公安部(MPS)と中華人民共和国情報化部(MIIT)は共同で監視カメラ(CCTV)をネットワークしたSkyNetを導入した。2010年には北京だけで80万の監視カメラが設置されており、2015年には北京警察は完全な監視網を構築したと発表した。中国全体では2,000万台以上の監視カメラが稼働している。2020年までにさらに拡大し中国全土を完全に網羅し、制御下におくようにするとしている。そして最終的には、国民のスマートフォンやスマートTV、自動車までリンクした「Sharp Eyes」イニシアチブに統合されるという。  リアルタイムの監視データ量は莫大なものとなり、それに対応するためにはAI技術の応用が不可欠となり、中国企業はAI監視システムを開発、販売し始めている。  並行して中国国内での「社会信用システム(Social Credit System)」の構築も進んでおり、「Sharp Eyes」と連動することになっている。社会信用システムは銀行口座、病歴、リアルタイムの行動記録、ネット活動などあらゆるものを監視し、スコア化する。トラッキングできるデバイスを持っていない時も監視カメラの顔認証システムがリアルタイムで特定し、行動を記録する。  こうした中国の「独裁者向けツールキット」(Richard Fontaine, Kara Fredrickによる命名)が世界に輸出されることは、自由主義に大きな影響を与えることになると考えられている。  その実験とも言えるものが、中国の「Strike Hard Campaign」で行われた。「Strike Hard Campaign」は一部の住民に対して行われた弾圧であり、現在でも100万人の人々がさまざまな施設に抑留されている。「Strike Hard Campaign」はその規模だけではなく、さまざまなデジタル技術が使用されたことでも注目された。ネットやSMSの遮断、生体センサーや網膜カメラの設置、DNAの採取、網膜情報の取得、スマホへのスパイウェアのインストール、自動車へのナビゲーションシステムのインストール、CCTVでカバーできないエリアへの鳥に似たドローンの配置などが行われた。

AI監視システム市場では日本も後を追う

 これらの核となるAI監視システムについてのレポート、『The Global Expansion of AI Surveillance』(2019年9月17日、カーネギー国際平和財団)によれば、世界176カ国のうち75カ国が監視目的のAIシステムを稼働させている。スマートシティやセーフシティ用56カ国、顔認識システム64カ国、スマートポリス53カ国となっている。  『Exporting digital authoritarianism The Russian and Chinese models』との数値との違いは、輸出先を権威主義の国に限定した数値と、全体の数値の違いと考えられる。後述するように民主主義の国でもAI監視システムを導入しているのだ。 AI監視システムの最大の輸出国は中国であり、HUAWEI、HikVision、Dahua、ZTEの企業を中心に63カ国に納入している。導入している国のうち、36カ国が中国の一帯一路に参加している。最大のシェアを持つのはHUAWEIで少なくとも50カ国に輸出しており、中国以外の企業は大きく遅れを取っている。中国以外の企業でシェアの高いのは日本のNECで14カ国に輸出している。同レポートを元に世界シェアをグラフにするとこうなる。なお、複数の企業の製品を導入している国もあるためパーセンテージを合計しても100にはならない。
『The Global Expansion of AI Surveillance』(カーネギー国際平和財団、2019年9月17日より作成)

『The Global Expansion of AI Surveillance』(カーネギー国際平和財団、2019年9月17日より作成)

 誤解のないように申し上げておくと、これはAI監視システム市場であり、デジタル権威主義とイコールではない。同レポートにも書いてあるように民主主義国家でも安全のためにこうした監視ツールを導入しており、主要ユーザーとなっている。ただし、慎重に議論を行って市民の権利と安全のバランスを取って運用しようとしている。レポートの中ではAI監視システムそのものは中立で運用次第で権威主義の手助けにもなれば、平和と安全を守るためにもなるとしている。  全体的な傾向としては軍事予算の多い国はAI監視システムの予算も多く、権威主義国家や人権を軽視している国家では大きな予算を裂く傾向にある。湾岸諸国やアジアなどがそうである。地域別に導入している国の数の割合を見ると、修正民主主義の国の多い地域は割合が高く、もっとも高いのは東アジアと太平洋地域で60%を超えている。次いで南および中央アジアおよび中東と北アフリカ地域が50%を超えている。 『Exporting digital authoritarianism The Russian and Chinese models』や『Freedom on the Net 2018 The Rise of Digital Authoritarianism』にも書かれていたように、世界のAI監視システム市場をリードしているのはHUAWEIを始めとする中国企業であり、中国はこれを通じてデジタル権威主義を広めようとしているという論調が多い。しかし、通常AI監視システムは単体で導入されることはない。たとえば、サウジアラビアの場合、クラウドサーバーはグーグル、大規模監視システムはBAE(イギリスの軍需企業)、顔認識カメラはNEC、クラウドコンピューティングセンターはアリババとアマゾンといった複数の企業の製品の複合となっている。導入する国でもバランスを取ろうとしているのだ。  とはいえHUAWEIには他の企業とは異なる点がある。ウォールストリートジャーナルのレポートはウガンダとジンバブエに製品を納入した際には政治的に敵対する相手の盗聴、盗撮、暗号の復号、位置の捕捉といったスパイ行為を行えるようにサポートしていたことを暴露した。結果としてウガンダはおよそ135億円でHUAWEIのシステムを導入した。  オーストラリア戦略政策研究所のプロジェクト『Mapping China’s Tech Giants』によればHUAWEIは2017年には40カ国、2018年には90カ国(230箇所)にセーフシティ技術を販売したという。そして販売の際には中国輸出入銀行がローンを提供している。また、HUAWEIと中国政府の関係は密接である。  とはいえ、いくら中国政府やHUAWEIが売り込んでもタイのようにスマートシティというアイデアを受け入れない国もある。サウジアラビアのように複数の企業から調達することでバランスを取る国も多い。仮にHUAWEIが中国政府と結託して世界にAI監視システムとデジタル権威主義を広めようとしているとしても必ずしもその通りに進むとは限らないという見方を『The Global Expansion of AI Surveillance』は取っている。
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自動車が監視ステーションになる!?
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