東京電力福島第1原子力発電所の敷地内に立ち並ぶ放射能汚染水をためるタンク(時事通信社)
筆者は、本サイトにてちょうど1年前に、『
東京電力「トリチウム水海洋放出問題」は何がまずいのか? その論点を整理する』と題して、福島第一原子力発電所において増加の一方である「トリチウム水」について解説しました。この記事はたいへんな反響を得て執筆者冥利に尽きるものでしたが、今年9月10日から新たな書き下ろし記事かと見紛うばかりに再び注目を集めています。
注目を集めているのは、
原田義昭前環境大臣が退任寸前に
「海洋放出しか方法がないというのが私の印象だ」「思い切って放出して希釈すると、こういうことも、いろいろ選択肢を考えるとほかに、あまり選択肢がないなと思う」と発言し、NHK他で報じられた*ことが切っ掛けとなっています。
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環境相「処理水は海洋放出しかない」福島第一原発2019/09/10 NHK、
“原田環境相、原発処理水「海洋放出しかない」2019/09/10 日本経済新聞>
続いて大阪府知事、大阪市長による大阪湾に持ち込んで海洋放出するという発言が続いています。維新の会の政治家が2019年09月17日に大阪と東京で一斉に主張しはじめた*ことが特徴的です。
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大阪府/令和元年(2019年)9月17日 知事記者会見内容 福島第一原発の処理水関連について(1)、
“(43) 2019年9月17日(火) 松井一郎大阪市長 囲み会見 – YouTube大阪維新の会” 、
“✕汚染水→○処理水。福島・原発処理水にかけられた誤解と「呪い」を解け – “2019/09/17 おときた駿 選挙ドットコム>
これらの発言は、たいへんな賛否両論を起こしていますが、賛成論の中には、明らかに宣伝業者や利益密接関係者による仕込み(いわゆる
デマゴギー)がきわめて大量に見られ、混沌の様相を見せています。
いずれにせよ
東京電力は、福島核災害による放射能汚染水の発生の制圧に失敗しており、放射能汚染水の発生量は200t/日に近い(正確には現時点で
140~220t/日)ため、何らかの最終解決法を決めなければ
2〜3年以内にいわゆる「トリチウム水」=ALPS処理水の行き場が無くなることも事実*です。
本連載では、いよいよあと数年後に迫ったタイムリミットを前に意志決定のための事実と考え方を示してゆきます。
なお本連載は、文理共通で高校卒業程度の知識と理解力で読解できるようにしていますが、一部大学の共通教育程度の力を必要とします。できるだけ多くのリファレンス(出典、参考文献)を示しますので、理解と学習と議論の土台としてご活用ください。また、配信先によってはそれらのリファレンスへのリンクが機能しない場合があるので、その場合は本体サイトにて御覧ください。
何が起きているのか? 東京電力、経産省、原子力規制委員会の説明
2011年3月11日に発災した
福島核災害では、大破した一号炉から三号炉地下へおよそ800t/日の地下水の流入が発生し、地下に落下した
溶融炉心=コリウムと接触した放射能汚染水が発生しました。当初この放射能汚染水は、地下を介して福島第一原子力発電所専用港=海洋に流入し、JAEA(日本原子力研究開発機構)の研究者ですら「
見たことも無い核種だ」と驚愕させるような多種多彩の放射性核種が海に流出していました。
東京電力他、関係各位による試行錯誤の上での努力によって地下水の流入と放射能汚染水の流出は、相当程度抑止されていますが、
現在も100t/日余りの地下水が原子炉建屋地下に流入しています。
また、サブドレンから汲み上げた地下水には、トリチウムが含まれており、濃度監視の上で薄めずに海へ捨てています。あくまで一例として、2017年には、サブドレンからのトリチウムを110GBq/年海洋放出しています。この量は、サブドレンのみの排出に着目する限り、福島第一原子力発電所が平常運転していた2010年以前の実績値である2TBq/年に比して約1/20であって排出目標上限値であった22TBq/yと比するとたいへん小さな値です。但し本稿では、サブドレン以外の護岸などからの漏出については評価していません。
福島第一原子力発電所では、
多核種除去設備(ALPS:アルプス)により溶融炉心と接触した放射能汚染水を処理し、
除去が困難なトリチウム以外は、告示濃度未満まで除去していると東京電力、経産省、環境省、原子力規制委員会は説明してきています。そして、昨年8月30日、31日に行われた公聴会での配付資料では、「事実上トリチウムしか入っていない水」として
「トリチウム水」の海洋放出への同意を得ようとしていました。
著者は、昨年8月中旬までトリチウムを含む水は、ロンドン条約締結国の同意を得た上で福島核災害前の排出目標値(22TBq/年)で総量・濃度基準を設定し、厳格な管理の下で海洋放出を行い、60年程度で処分完了することが最善であろうと考えていました*。
<*2018年3月時点でのタンク内トリチウム総量は1PBq(ペタベクレル:一千兆ベクレル)である。またトリチウムは、毎年50〜80TBq(テラベクレル:一兆ベクレル)増加している。今後、一号炉から三号炉の溶融炉心の水による冷却と地下水の流入を止められない限り50〜80TBq/年の割合で増え続けるため、半減期による自然減少を考慮しても海洋放出によってタンクの増加すら止められない場合もあり得る。従って最優先課題は、失敗に終わった原子炉建屋地下への地下水流入の完全停止である>
2018年3月時点でのトリチウムの総量と増加量
算出されるタンク内のトリチウム総量は1PBq=1千兆ベクレルである。
1年間でのトリチウム増加量は、50〜80TBq=50兆〜80兆ベクレルと算出できる。
トリチウムの半減期は12年であるが、増加量が50兆ベクレル/年では自然減少はあまり期待できない。
現状では年間目標値上限いっぱいの年間22兆ベクレルを海洋放出しても年間増加量が80兆ベクレルでは、ほぼ減少しない
多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会説明・公聴会説明資料p.p.5 2018/08/30より
※なお、この表は東電および経産省資料の表をそのままキャプチャしたものである。タンク内のトリチウムの質量について計算ミス(桁の取り違え)と思われる箇所があるが、本稿ではBqのみで評価しており、そのまま転載している。詳細は本連載で後に指摘する