「子供たちにヘルメットを売りたくないが……」 葛藤する香港のデモ隊と大人たち
「今晩は何時まで開いてますか?」
朝5時、仕事用電話のWhatsAppにメッセージが入っていた。
「あなたが来るまで待ってますよ」
朝8時、私はそう返事した。
「今晩できるだけ早く行きます! 家族と友達にあげる性能のいいマスクを買いたいです」
すぐに返事が来たということは、彼女は寝ていなかったのかもしれない。
「このガスマスクは“いいモノ”ですか? 催涙弾を防いだり……」
難しい質問がまた飛んできた。
この日のデモで命が守られるかどうかなんて誰にもわからない。こんな危険な道を一体、誰が歩ませているというのか?
私は彼女の欲しい物を確保した。その女子大生は夕方5時頃、店に来た。
この時期、香港はかなり状況が厳しくなり、ほかの同業店には警察の見回りが来るという情報が入った。特に金物屋が集中している通りを見回っていた。ある店では会社名義のお客さんにしか物を売らないことにしていた。
政治的弾圧の下、私たち金物屋は自分たちの責務として車を呼んで、お客さんが買ったものを車に積んだ。しかし、これは少し心が痛んだ。まるで、戦場に行く彼らを見送るような気分だったからだ。
「こんにちは。ネットで買う場合、クレジットカードが必要ですか?」
「銀行口座から引き落としでも大丈夫ですよ」
「僕は13歳で、銀行口座を持っていません」
同僚はこの会話でやるせない気持ちになったという。
土曜日、私は休日返上で店を開けた。予約が多かったからだ。問い合わせをしてきたその子供も含めて。
その日、開店してすぐ、その少年の姿があった。
「お母さんに早めにお店に行っておいでと言われたから」
何度も彼には売りたくないと思った。しかし、会話をしているうちに、私が彼に売らなくても彼と彼の仲間たちは金鐘に行くのだと悟った。彼らを止めることができるのは、ただ一人。“香港の母”(行政長官が自称)だけなのだ。
ある青年が抗議活動中に転落死した日の夜、あの13歳の少年が切羽詰まった様子で私にメッセージを送ってきた。
「ガスマスクは催涙弾を防げますか? 本当のことを教えてほしい」
「本当に防げる?」
二度三度と同じ質問をしてきた。
そのメッセージを見ているだけでも私には彼の動揺がよく伝わってきた。
「100%とは言えないよ。ただし、一般的に買えるもののなかでは一番性能がいいよ」
「大丈夫とはいっても、よく気を付けるんだよ。前に行きすぎたらダメだ。今日ひとつの命が失われた。君とこうして会ったのも何かの縁だ。僕は君が何もしないことを願っている」
この夜、この13歳の子供だけでなく、31歳の私も動揺していた。
「今度、あなたに食事をご馳走させてください」
13歳の子供は最後にこうメッセージを送ってきた。
「じゃあ、自分をよく守るんだよ。君と食事に行く機会を楽しみに待っているね」
こう返信したあと、私は彼とのすべての会話の記録を消去した。そして、気がつくと、店内の防犯カメラはどういうわけだが故障していて、録画記録は残念ながらご臨終(壽終正寝)となっていた。
――― 『立場新聞』より ―――
投稿者が誰なのかはわかっていない。よくできた作り話である可能性も否定できない。しかし、デモに参加していない香港市民もデモ隊を支持しているのは紛れもない事実。過激な抗議活動が続く中でも、“香港の母”の支持率は急降下しているのだ。
●Rie/香港永住日本人タレント
’00年に留学したことをきっかけに香港に定住。’03年に香港の自由を縛る国家安全保障条例に抗議する50万人デモ以来、常に香港市民たちと抗議活動に参加。香港では日本人タレントとして、日本の観光地を紹介する香港の長寿番組『日本大放送Go!JapanTV』(香港ViuTV)に15年以上もレギュラー出演中。ツイッター(@japanavi)では今回のデモの情報を毎日発信している
<取材・文/池垣完 写真/Rie>
ハッシュタグ