『おっさんずラブ』、『腐女子、うっかりゲイに告る。』 …日本のLGBT作品についてゲイに話を聞いてみた。

おっさんずラブ劇場版

photo by Chiyoko Mochizuki via Joshi Spa

 ここ最近、立て続けにLGBT関連のエンタメ作品が発表され、人気を博している。テレビ朝日系土曜ナイトドラマ『おっさんずラブ』(2018年)、NHKよるドラ『腐女子、うっかりゲイに告る。』、テレビ東京系ドラマ24『きのう何食べた?』(2019年)などは、その代表例であろう。  特に『おっさんずラブ』は、放送中に「#おっさんずラブ」でTwitterのトレンド世界一位を獲得するなど大きな社会現象となり、現在はその続編となる『劇場版 おっさんずラブ ~LOVE or DEAD~』が上映中だ。  これらの作品はそれぞれ、ゲイの恋愛や人間模様に焦点をあてた作品であるが、その描き方には異なる部分がある。

ゲイの恋愛に対する描き方が対照的な2作品

 『おっさんずラブ』では、主人公である春田創一が、会社の部長や後輩に想いを寄せられ、戸惑いながらも向き合っていく様子をコミカルかつチャーミングに描いている。題材としてゲイの恋愛を扱っているが、登場人物自体を魅力的に描き、リアリティよりもコメディ要素が強く、エンターテインメント作品としての特徴が色濃くみられる。  家族や同僚へのカミングアウトもあっさりと描かれ、LGBTQへの差別には触れられていない。同性愛に関する苦悩はほとんど描かれていないといっていい。そうしたこともあってか、いわゆる「腐女子」と呼ばれるBL(ボーイズラブ)が好きな女性も、ハマりやすいようだ。  一方で、『腐女子、うっかりゲイに告る。』では、ゲイであることに苦しむ主人公の心情を丁寧に描き出しており、コミカルな部分はほとんど見当たらない。主人公であるゲイの男子高校生・安藤純に、「腐女子」である同級生の三浦紗枝が偶然恋に落ちてしまうというストーリーだ。  タイトルだけ聞くとかなりポップな作品を想像するが、その内容はシリアスなシーンが多い。原作である浅原ナオトの小説『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』(KADOKAWA)は、自身がゲイであることを公表している浅原氏の著書であり、ゲイの抱える悩みや心情を丁寧に描写している。  主人公が心の中で心情を吐露するシーンでは、同級生の男子に対する「僕は亮平と付き合いたいと思ったことは一度もない。だけど亮平とセックスしたいと思ったことは何度もある」という複雑な感情が描かれる。他にも、「好き」という感情について「勃つ『好き』と勃たない『好き』」がある、など赤裸々に語る。  『おっさんずラブ』ではあくまでコミカルに恋模様を描き、セックスについては描いていない一方で、『腐女子、うっかりゲイに告る。』では、セックスやそれをめぐる心情というかなりデリケートな部分についても可能な限り踏み込んでしっかりと描写しているようにみて取れる。

「『おっさんずラブ』はゲイにはどう映るのか、という質問自体がナンセンス」

 では、実際にゲイにとってこれらの作品はどのように受け止められているのか。自身がゲイであり、『おっさんずラブ』を視聴したというUさんに話を聞いてみると、「リアルにゲイの人にとってはどう見えるんですか、という質問自体がナンセンスだと思う」という、思わぬ答えが返ってきた。 「異性愛者だって、例えば男女のラブストーリー作品を見て、これはリアルだとかリアルじゃないとか評価したりしないし、リアリティがなかったとしてもそれはそれ、と思うはず。ゲイに関する作品だって同じ。エンターテインメント作品のひとつでしかない」  なるほど、たしかにその通りだ。そもそも聞くこちら側に、「ゲイから見たら特別な目線があるかもしれない」という偏見がベースにあるからこそ、そういった疑問が浮かんでしまったのかもしれない、と反省する点でもあった。
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ゲイのセックスを妥協せずに描いた米国ドラマ『クィア・アズ・フォーク』
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