債務執行現場で見た、転落した”もう一人の自分”<競売事例から見える世界37>

そっくりさんイメージ

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「曰く」には慣れてしまう不動産執行の仕事

「悪霊が出ます」 「昨日そこで自殺していました」 「電磁波で頭が痛くなります」  建物に関する、物理的要因ではない瑕疵を報告されることも多々ある。このような報告に、今や驚いたような表情を作ることも出来ないため、ただ「そうですか。ご報告ありがとうございます」といった言葉をなるたけ丁寧に返す。  その度に、債務者が浮かべる拍子抜けの表情には毎回申し訳ない思いを抱いてしまう。  驚きや恐怖といった感覚を少々見失っている自覚はもちろんある。このような感情に乏しい人間に成り下がってしまった存在とは言え、稀に鼓動が大きく波打つ場面に出くわすこともある――。

債務者と対面した筆者を驚かせたもの

 通勤にも極めて利便性が高く、人気の主要駅から徒歩数分。いわゆる高級住宅街に佇む古いマンション。エレベーターも無ければ駐車場も無い。  3本用意された階段はそれぞれが独立しており、間違って上ってしまうと横移動が出来ないため、一旦下りてから部屋番号を確認し、正しい階段を上り直さなければならないという宅配業者泣かせの作りとなっていた。 「正しい階段、こっちですから」  既に2度ほど上る階段を間違えた経験を持つ執行官が我々を正しい階段へと導いてくれた。そのまま狭く薄暗い階段を上り呼び鈴を鳴らす。 「開いてますんでどうぞ」  インターホン越しに債務者男性の声があった。重いうえに建付けも悪そうな扉を執行官が力任せに開く。建物全体に共鳴する開閉音からは築40年を超える物件であることが容易に感じ取れた。  室内は販売当時の図面と明らかに異なっており、どうやらリビングを広く取るためのリノベーションが債務者により施されているようだ。そのため玄関は薄暗いながらもベランダ側から差し込む光は申し分ないほどに家中を照らしている。  そんな眩い逆光の影響もあり、債務者男性の顔はしばらく確認できなかったのだが、リビングでようやく顔を合わせた瞬間、互いに下を向いてしまった。  驚くほど似ていたのだ。顔は全くの別人であったが、染み付いた表情や眼差し、醸し出す雰囲気……。  顔だけではない、年齢や背格好にシルエット、おまけに妻子といった家族構成までもがどうも他人とは思えない状況だった。ある種の気まずさやバツの悪さを感じつつ、どう歩けば彼との違いが出せるのかという不毛な部分に頭をフル回転させていると、甲高い声が響いた。 「やっぱりお二人似てますよね! ビックリするほど似てる!」  執行官の余計な一言だった。
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フリーライターという、不安だらけの自分を見た
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