こうして佐賀県と与党検討委の間での対立が深まってしまったのだ。そして巻き込まれたのが長崎県。長崎の立場からすると、武雄温泉で在来線から新幹線に乗り継がなければならないのではメリットは小さい。
そこでフリーゲージトレインが実現しないならばフル規格での整備を求めるのが当然だ。さらに、フル規格での整備が実現すれば山陽新幹線から、つまりは大阪方面から長崎まで乗り換えなしで行くこともできる。
そうしたメリットが失われ、さらに今まで在来線特急で乗り換えなしだったのに新幹線ができたおかげで乗り換えアリとなったら、利便性すら損なわれる。
「つまり、九州新幹線西九州ルートをめぐる問題を簡単にまとめれば沿線地域によって新幹線整備による恩恵の度合いが異なるのに費用負担は一律で決まっていることが要因で対立が生まれてしまっているということです。各自治体の長が自らの利益を求めて声を上げるのは当然のことで、一概に責めるわけにはいきません。
むしろ重要なのは、一昔前ならば地元土建業者への工事発注などに伴うプラス効果も踏まえて新幹線建設は歓迎される傾向にあったところ、今ではシビアに考える自治体が増えているということではないでしょうか」(境氏)
同様の構図は、JR東海が進めている中央リニア新幹線でも見られる。わずかながら山間部をリニアがかすめる予定の静岡県が、大井川の水量維持を巡ってJR東海と対立。工事が事実上ストップしているのだ。
静岡県にとっては県内に駅ができるわけでもなく、リニアは単に通過するだけ。こちらは整備新幹線ではないので建設費の問題はないものの、トンネル工事に際して大井川の水量が減るのは問題になる。その全面的な解決がない限りは“メリットはなくデメリットだけ”。簡単に工事を許可することはできないというわけだ。
「九州の場合、もちろんJRは十分な収益が見こめるフル規格での整備が望ましいでしょうし、こうした問題は各自治体や事業者がそれぞれの状況をもとに主張を繰り返しているだけではなかなか解決しない。むしろ地域ごとに新幹線建設の効果や影響が異なることを前提とした、新たな建設スキームを見出していく必要があるのでは」
新幹線ができればそれだけで万々歳という右肩上がりの時代はとうにすぎた。自治体ごとに異なる新幹線のメリット・デメリットを考慮せずに一律の割合での負担を求めることは、もう難しくなっているのかもしれない。これからは沿線地域にもたらす影響をシビアに検討し、国が中心となって現実的な対応をしていく必要がありそうだ。
<取材・文/HBO編集部>