なぜいま非正規労働者から賃上げ要求が噴出しているのか?
なぜいま非正規労働者から賃上げを求める声が上がっているのだろうか?それは、
非正規労働者の割合を大きく増やし、その責任が重くなっているにもかかわらず、非正規労働者に対する賃金差別が残存しているためである。
90年代後半以降、非正規労働者の割合が急増し、現在
全労働者の4割近くにまでなっていることは周知の事実である。加えて、この間の人手不足は現に働いている非正規労働者の業務負担をさらに増大させている。
このように業務負担が増加する一方で、
非正規労働者は「どうせ責任の軽い業務しかしてないだろう」と半人前扱いされ、その賃金水準は低く抑制されてきた。すなわち賃金支払の論理(半人前賃金としての低賃金)と実際の労働配分の論理(職場の主要な担い手としての労働配分)にズレが生じているのだ。このズレによって企業はコストカットをするわけだが、同時にこれは労働者の側に大きな不満を生むことになる。この不満が青年ユニオンの賃上げ運動の原動力となっているのだ。
またもう1つ不思議なのは、
なぜ正社員からは賃上げ要求が出てこないのか、ということだ。低賃金・過重労働によって労働者を使いつぶすブラック企業が広がっていることを考えると、この点はやはり不思議である。
業務負担の増大に対する反応が正社員と非正規労働者で異なるというこの不思議な事態は
、両者の賃金観の違いによって引き起こされている。
賃金形態論の議論を簡単に紹介しよう。
賃金には大別して2つの種類がある。1つは、
賃金の水準が、労働者が行っている職務/労働の難しさなどによって決定される「職務基準賃金」である。もう1つは、
労働者の年齢や勤続年数や性別などの属性によって支払われる「属人基準賃金」である。賃金が仕事に基づくのか、人に基づくのか、という区別である。従来の常識では、
非正規労働者は職務基準賃金であるのに対して、
正社員は年齢や勤続年数によって賃金が決定される年功賃金=属人基準賃金であると考えられてきた。
職務基準賃金の非正規労働者の場合、同じ仕事をしていれば年齢や性別が異なろうが時給は大きく変わらない。反対に言えば、労働の質や量が異なればそれに応じて賃金は変動しなければならない。この職務基準賃金の論理の中では労働の質量と賃金水準がダイレクトに結びつく。だからこそ業務負担の増大による賃金と労働とのズレに敏感なのだ。
他方、属人基準賃金の場合には、同じ労働でも労働者の属性が異なれば賃金が異なるのは当然であるし、反対に労働の質量が変化しても労働者の属性が変わらなければ賃金は変わらない。属人基準賃金の論理で考える正社員の場合には、労働の質量と賃金がダイレクトにつながらない。したがって労働量が増えようとも、直ちに「賃金が低すぎる」とはなりづらい。
しかし、更に考える必要があるのは、
今の正社員は本当に属人基準賃金なのだろうか、という問題である。以前の記事で、正社員の低賃金化という事態を指摘したが、これは非年功型正社員=職務基準賃金型正社員の増加の表現でもある。また今野晴貴氏が社会問題化した「ブラック企業」は、正社員であるという理由で過剰な業務を押し付ける一方で、年功賃金は適用せず低賃金に抑制するという労務管理を行い、大量の労働者を使いつぶしていく企業のことであるが、こうしたブラック企業で働く正社員はもはや属人基準賃金ではなく職務基準賃金型の正社員である。
であるならば正社員の場合でも過重な業務負担は賃金に反映されねばならない。
正社員も属人基準賃金観から脱却し、職務基準賃金の理屈によって自身の労働と賃金の関係を見直してみる必要があるのではないだろうか。