大村入管に収容されたナイジェリア人の“謎の死”。死因も経緯も明かされず

突然、人が変わったようになってしまったサニーさん

大村入管

大村入管。ここに収容されていたナイジェリア人が“謎の死”を遂げた

 6月24日、大村入管(長崎県)で収容されていたナイジェリア人サニーさんが3年7 か月の長期収容の末、謎の死を遂げた。一部では「ハンストをしたことによる餓死ではないか」との声も上がっている。  しかし大村入管で面会ボランティアをしている人は「彼はプロテストやハンストをするような人物ではない」ときっぱり否定。同じブロックだった被収容者たちに面会して話を聞くと、「サニーさんはいつも笑顔で、気さくな人だった」と誰もが口にする。サニーさんと同室だった被収容者は、こう語った。 「サニーさんは毎日、モップをもって掃除をしていました。ところがある日突然、人が変わってしまい、水すら飲まなくなった。何かよっぽどショックなことでもあったんだと思う。階段に段ボールを敷いて寝るという、奇妙な行動が目立ってきました。  数日が経ち、体ががっちりしていたサニーさんはやせこけて倒れてしまった。職員が抱きかかえ、車いすに乗せて病院に連れて行きました。  職員が帰ってきたとき、サニーさんの容体を聞いてみました。職員は『もう大丈夫。だけどまだ治っていないから別室で様子を見ることにする』と答えました。さらにその何日か後に、ニュースで彼の死を知ったよ……」  サニーさんは個室に移され、彼の死を見届けた者はいない。ただ入管職員を除いては。長期収容の末、収容所の中で亡くなることになったサニーさんの死因は、いまも明らかにはされていない。

長期収容に苦しみ、必死の訴えを続ける被収容者たち

法務省前で行われた抗議行動

法務省前で行われた抗議行動。長期収容に抗議し、サニーさんの死の真相解明を求めた

 7月5日、サニーさんの死に憤りを感じた人たちが集まり、法務省前で抗議行動が行われた。呼びかけ人は支援グループ「freeushiku」の荒木祐一さん。  荒木さんは「第三者機関による調査を求めるための行動です。現在の収容期間は3年が当たり前。4年、5年の人もいる。早期の解放も求めたい」と語った。その後の入管当局側の発表では「調査チームを設置した」というが、いまだに結果を発表する様子は見られない。  サニーさんの死後、各収容施設でハンストを行ったり、ストレスで拒食症になったりした収容者が少しずつではあるが、解放されることとなった。これで被収容者たちの間に火がつき、ハンストを開始する人が次々と現れた。ハンストをして命を落とすか、生きて外に出られるのか、文字通り死をかけた行動だ。支援者や母国にいる家族に、遺書を書く人まで現れた。  7月18日、支援グループSYI(収容者友人有志一同)の柏崎正憲さんには、牛久入管の公衆電話から以下のような伝言が入ってきた。 「私はカメルーン難民のポール。2016年から3年も収容され続けている。難民申請をしただけなのに。13日にハンガーストライキを始めた。カメルーンには絶対に帰れない。他に方法はない。死んでもかまわない。 このことをインターネットで伝えてほしい」  これを柏崎さんはすぐさまSNSで公開し、被収容者の必死の訴えが現在も注目を浴びている。牛久入管ではハンストのため、身体が衰弱して歩けなくなる人が増え、車いすが足りていないらしい。支援者が面会に行くと、相手が車いすで出てくることも多くなったという。
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サニーさんの死についてダンマリを決め込む入管庁長官
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