西野朗氏のサッカー・タイ代表就任大誤報はなぜ起きた? タイ人サッカー関係者に聞いてみた

好感触に気を良くして協会側が先走り!?

 タイは第2次世界大戦以前から周辺諸国とは違い独立を保ってきた。これは、タイ人が交渉事に長けているからである。そんな交渉事に長けているタイ人のタイ・サッカー協会幹部たちがどうしてこういった失敗をしてしまったのか。ある熱狂的なサッカーファンで、協会にも知り合いがいるというタイ人が言った。 「おそらく交渉担当者は別にいたのだと見ています。担当者はトップシークレットで交渉を進めていた中でかなり感触がよかったのでしょう。そのことを黙っていられなくなり幹部に伝えたところ、ソムヨット会長を始め幹部たちは歓喜のあまりに合意したと思い込み、協会側もサッカーファンに言いたくなってしまったのではないでしょうか」  喜びのあまりに先走ってしまう……、というのはタイ・サッカー業界ではよくあることらしく、過去にはあるプロのクラブチームが以前にも同じようなことをやらかしているという。日本人監督がクラブ監督に就任するにあたり合意前に発表してしまい一悶着があったのだ。

タイのサッカーファンはがっかりさせた協会に怒り心頭

 タイ側に立って言えば、お手本とするべき日本サッカーの著名人がタイに来るということはこの上ない喜びと期待がある。今回はさらに代表監督経験者であり、Jリーグでも輝かしい実績を持つ西野氏が来る(かもしれない)ということはタイ・サッカーに関わる人々の夢を叶える重要な一歩だ。いても立ってもいられなくなった協会側が思わずリークしてしまった気持ちはわからなくもない。それほど日本のサッカーを熱く見ているのである。
日本代表ユニフォームを着るタイ人少年

スラム街のサッカー教室で日本代表ユニフォームを着てプレーする少年

 日本の記事を翻訳で読んだファンたちもさすがに怒ったようで、協会関係のSNSなどはやや炎上気味のようだ。フェイスブックのオフィシャルページでは普段コメントが多くても100件程度だが、西野氏の発表の投稿には800件を超えるコメントが入っていた。タイのネット掲示板でも落胆のコメントや、逆に日本のニュースが間違いではないのかといったコメントが寄せられている。  日本との時差2時間遅れのタイでも3日早朝に翻訳記事が出たため、同日は朝からタイ協会の幹部たちも内部でどうしてこうなったのかと大騒ぎになっているということも協会関係者から聞いた。いい意味でも悪い意味でもタイもアジアで、「契約」が口約束で成立することは多々ある。今回はタイ・サッカー協会が西野氏との会話の中でなにかしらの勘違いをしたのだろう。  この発表はタイ・サッカー界にとって悪手になってしまったことは間違いない。西野氏も不信感を持った可能性もあり、契約書へのサインまでの道のりが遠くなったかもしれない。しかし、タイ・サッカー協会としても西野氏獲得をそう簡単にあきらめるわけにはいかないだろう。今後は交渉上手なタイ人たちの腕の見せ所となりそうだ。 <取材・文・撮影/高田胤臣>
(Twitter ID:@NatureNENEAM) たかだたねおみ●タイ在住のライター。最新刊に『亜細亜熱帯怪談』(高田胤臣著・丸山ゴンザレス監修・晶文社)がある。他に『バンコクアソビ』(イースト・プレス)など
1
2
バナー 日本を壊した安倍政権
新着記事

ハーバービジネスオンライン編集部からのお知らせ

政治・経済

コロナ禍でむしろ沁みる「全員悪人」の祭典。映画『ジェントルメン』の魅力

カルチャー・スポーツ

頻発する「検索汚染」とキーワードによる検索の限界

社会

ロンドン再封鎖16週目。最終回・英国社会は「新たな段階」に。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

国際

仮想通貨は“仮想”な存在なのか? 拡大する現実世界への影響

政治・経済

漫画『進撃の巨人』で政治のエッセンスを。 良質なエンターテイメントは「政治離れ」の処方箋

カルチャー・スポーツ

上司の「応援」なんて部下には響かない!? 今すぐ職場に導入するべきモチベーションアップの方法

社会

64bitへのWindowsの流れ。そして、32bit版Windowsの終焉

社会

再び訪れる「就職氷河期」。縁故優遇政権を終わらせるのは今

政治・経済

微表情研究の世界的権威に聞いた、AI表情分析技術の展望

社会

PDFの生みの親、チャールズ・ゲシキ氏死去。その技術と歴史を振り返る

社会

新年度で登場した「どうしてもソリが合わない同僚」と付き合う方法

社会

マンガでわかる「ウイルスの変異」ってなに?

社会

アンソニー・ホプキンスのオスカー受賞は「番狂わせ」なんかじゃない! 映画『ファーザー』のここが凄い

カルチャー・スポーツ

ネットで話題の「陰謀論チャート」を徹底解説&日本語訳してみた

社会

ロンドン再封鎖15週目。肥満やペットに現れ出したニューノーマル社会の歪み<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

社会

「ケーキの出前」に「高級ブランドのサブスク」も――コロナ禍のなか「進化」する百貨店

政治・経済

「高度外国人材」という言葉に潜む欺瞞と、日本が搾取し依存する圧倒的多数の外国人労働者の実像とは?

社会