さて、後ろ髪引かれながら三崎港をあとにしましたが、私も昼食抜きなのでおなかペコペコです。ところが、佐田岬半島には砂浜があるのかとか、昔小学生の時に八幡浜からの海水浴遠足は船だったなど皆さん賑やかに話しています。蓮池さんもお会いしたときと打って変わってチョーノリノリです。
実は、佐田岬半島には東西を結ぶ道がかつては存在せず、船による集落間の移動がなされていました。湊浦から三崎までの道路が整備されたのは1958年のことで、国道197号線(旧道)の全通は、更に後となっています。当時は余りの酷い道路のために国道197号線は、「行くな酷道」といわれ、車などがポロポロ転落していたそうです。ですから、50代以降の方は船で遠足していたことは十分あり得ます。伊方発電所は、そういった開発が著しく遅れていた場所に立地しており、地元の経済効果への期待はたいへんに大きなものでしたし、実際に道路・港湾などのインフラ整備に大きく寄与したことは否定できません。伊方から三崎港までの避難道路が2.5本(太平洋岸は大久(おおく)で途切れている)しかない理由には、そのような経緯があるのです*。
それから50年近い月日がたち、当時と社会・経済情勢ほかが激変しているのが伊方町と伊方発電所の置かれた環境です。
おなかが減って、目が回りそうですが、そのことはおくびにも出さずに佐田岬半島太平洋岸の町道と、なかなか笑える風景を蓮池さんにお見せせねばなりません。
もう日没まで時間がありませんので、車を東に進めました。国道197号線には妖気漂う怪しい改造車(覆パト)がウヨウヨしていますので、捕まらない程度に急ぎます。と言うことで次回に続きます。
*重要な訂正)
前掲した
動画の中での私の発言に誤りがあります。
「四電は、高圧送電線の交差部を解消した」これは誤りです。実際には、交差していても問題ないという報告書を出してNRAもそれを認めました。
勿論、高圧送電線の交差は、多重性、冗長性を大きく損ないます。そもそも送電線が二重化していても隣接しているだけで冗長性は損なわれます。
『コロラド博士の「私はこの分野は専門外なのですが」』番外編:蓮池透氏四国リレー講演会3
<取材・文・撮影/牧田寛 Twitter ID:
@BB45_Colorado >
まきた ひろし●著述家・工学博士。徳島大学助手を経て高知工科大学助教、元コロラド大学コロラドスプリングス校客員教授。勤務先大学との関係が著しく悪化し心身を痛めた後解雇。1年半の沈黙の後著述家として再起。本来の専門は、分子反応論、錯体化学、鉱物化学、ワイドギャップ半導体だが、原子力及び核、軍事については、独自に調査・取材を進めてきた。原発問題についての
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