知られざる「培養肉」の世界。歴史上最大の「食文化」転換期か!?

培養肉に関する情報が消費者に届いていない

英国ロンドンで、試験管培養された牛肉のビーフバーガーを試食する男性
写真/ロイター=共同インテグリカルチャー

 急速に進む培養肉の研究開発。これに対して、「食の安全」をテーマに取材を続けているジャーナリストの上林裕子氏は警告を発する。 「一番の問題点は、情報が消費者に届いていないことです。米国では昨年7月に細胞培養肉に関する公聴会が開かれ、畜産事業者や消費者団体から安全性の確保や、従来の食肉と区別できる表示を求める意見が出されましたが、日本では公聴会は開かれていません。細胞培養技術が確立されれば、動物だけでなく植物や魚にも応用できますが、消費者は『この新しい技術は食品として安全なのだろうか』との疑問を持っています。遺伝子組み換え食品は、不十分な情報と表示で20年たった今も8割の人が『食べたくない』と思っています。食の安全で最も重視されるのは食習慣。新しい食べ物には、十分な情報提供が必要です」

<肉食の負荷>

●地球温暖化の進行  昨年10月にIPCC(国連の気候変動に関する政府間パネル)が発表した特別報告書は、温暖化防止のため、「肉食を大幅に減らすこと」を対策の一つとして提言。FAO(国連食糧農業機関)は、世界の温室効果ガス排出の18%が家畜からと指摘。特に牛は、消化の過程で強力な温室効果ガスであるメタンガスを放出するため、家畜飼料に海藻を混ぜるなど、メタンガス排出を抑えることが急務とされている ●森林破壊  南米の国々では、牛の放牧のための牧草地の開発が、熱帯林の破壊の主な要因となっている。昨年だけでも、ブラジルで「サッカー場100万面」分の森林が消失。近年では日本が牛肉を輸入するオーストラリアでも、牧場のための森林破壊が進行している。今年5月には、「世界全体の100万種もの生物が絶滅の危機に直面」との報告書が国連に提出されたが、森林破壊は生物多様性を脅かす大きな原因の一つである ●水資源の枯渇  家畜を育てるには、餌となる穀物を与える必要があり、肉を食べるということは、水資源を消費していることでもある。東京大学生産技術研究所の沖大幹教授らの研究によれば、トウモロコシなどをエサにしている鶏肉の飼育には1kgあたり4.5t、豚肉は6t。牛肉は20tの水が必要だという。世界各地で農業用に汲み上げられている地下水が減少、今世紀半ばには、広い範囲で枯渇する可能性が指摘される ●食糧危機  FAOは、今後、世界的な食糧危機が訪れると警告。’50年には世界の人口は現在の74億人から96億人に増加し、経済発展で一人あたりのGDPが増加し、穀物を餌として生産される肉や乳製品など畜産物への需要が高まる。その結果、穀物の需要を大きく増加させるため、世界の食糧生産を約6割も増加させなければならないという。だが、農地をこれ以上増やす余地はほとんどない

中国のスーパーに並ぶ米国産牛肉。中国は牛肉の消費増加で、飼料も輸入する状況に 写真/時事通信社

●家畜への負担 多数の家畜を身動きすら取れないほど、集中的に押し込める、不衛生な環境、意識を失わせないまま食肉処理する――。食べるためとはいえ、効率を最優先した工場型の畜産業は動物たちをあまりに酷く扱ってきたた。アニマルウェルフェア(動物福祉)という理念から、不快や痛み、恐怖や苦悩を動物に与えないように配慮することが、東京五輪・パラリンピックに向けて、日本でもようやく求められ始めている 取材・文・撮影/志葉 玲 ― 培養肉ってなんだ? ―
戦争と平和、環境、人権etcをテーマに活動するフリージャーナリスト。著書に『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、共著に『原発依存国家』(扶桑社)、 監修書に『自衛隊イラク日報』(柏書房)など。
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