知られざる「培養肉」の世界。歴史上最大の「食文化」転換期か!?

「筋肉というものは本当に奥深い」

 竹内教授は「筋肉というものは本当に奥深い」とも語る。

細胞培養システム”CulNet System”のラボスケール全自動バイオリアクター
写真/東京大学生産技術研究所

「私たちの研究は、従来のそれに比べれば大きく本物の食肉、つまり牛の筋肉に近づきましたが、まだまだです。本物の食肉と培養肉はどこがどう違うのか、国を巻き込んで規格を作り、消費者に明示するということも信頼性を得るうえで必要でしょうね。培養肉によって畜産業がなくなることはないと思います。培養肉は、いずれ来るであろう食糧危機の時代の選択肢の一つになるでしょう」  食用である以上、安全性も重要だ。竹内教授らと共に研究を進める日清食品の現場担当者・古橋麻衣氏は「培養は無菌状態で行われますし、万が一、食中毒を起こす微生物が混入したとしても、早期に発見・排除できます」と語る。  さらに竹内教授らの培養肉研究は、JST(科学技術振興機構)が「未来社会創造事業」に採択、注目度は高い。  だが、肉の培養で課題とされてきたのが「コストの高さ」だ。’13年、オランダのマーク・ポスト医学博士が開発した、世界初の「培養肉ハンバーガー」は研究費込みで1個約3500万円。その後、各国の研究でコストダウンが追求されたが、100gあたり数百万円かかっていた。そうしたなか、日本では羽生雄毅氏が率いるインテグリカルチャー社と、羽生氏とともに肉の培養実験を行う有志プロジェクト「ショウジンミート」が、驚異的なコストダウンとハードルの低さを実現している。 「当初、培養に多額のコストがかかったのは、培養液と成長因子(ホルモン)にお金がかかったから」と羽生氏は言う。 「培養液は再生医療用のものだと高くてオーバースペックなので、私たちはスポーツドリンクやサプリメントなど市販のもので安上がりに作りました。また筋細胞の成長を促すホルモンがすごく高いのですが、弊社CTOの福本景太が編み出した還流培養、つまり人体と同じように細胞にホルモンを作らせて、それを筋組織に与えるということでコストダウンを実現。こうした技法によりすでに3万円以下で培養できるようになり、DIY感覚で、学生やOLが自宅で肉の培養実験を行っています。メンバーは学校の授業で肉の培養実験もやりました。これは恐らく世界初だと思います」  羽生氏やショウジンミートは、培養肉を「純肉」と呼び、その培養方法をネット上で公開、小冊子にしてコミケで販売している。羽生氏は「とにかく純肉作りのハードルを下げたい。肉を培養して食用にすることにはさまざまな意見があるでしょうけれども、まずは実際にやってみてほしい」と語る。 「小説『君の膵臓をたべたい』からもじった『君の肝臓を食べたい』というプロジェクトでは、鶏の肝臓細胞から『培養フォアグラ』の製造に成功しました。それを皆で試食してみて、その様子もネットで公開しています」  技術を独り占めせず、多くの人々と共有し、新たな技術の開発に役立てる。そうした羽生氏らのスタンスは、遺伝子組み換え技術を巨大企業が独占したことが、技術そのものへの批判につながったことを教訓にしているのだという。 「遺伝子組み換え技術には非常に役に立つものもあるのに、今ではすっかりイメージが悪くなってしまいました」(羽生氏)

培養で土地利用を98%、水利用を95%削減できる

 肉の培養は宇宙開発にも貢献しうるものだという。 「宇宙船内や、月面や火星などで畜産を行うことは非現実的。だから肉の培養技術は、宇宙開発でも重要です。今、弊社やさまざまな分野の企業が集結して、JAXA(宇宙航空研究開発機構)も協力して、『スペースフードX』というプロジェクトが進行しています。宇宙と地球で共通する食糧問題の解決を目指しています。 外部から物資を持ち込めない宇宙で使う以上、究極のエコじゃないといけません。完全リサイクル、リユースである必要があります。また、海外の研究では、肉の培養によって土地利用を98%、水の利用を95%削減できるという試算もあります」(同)  商業化に向けた技術も同社は開発している。還流培養技術を使った全自動バイオリアクターがそれだ。 「システムを大規模化すればコストは下げられます。現在、100gあたり数百万円といわれる培養コストを1万分の1まで低減します。将来は、市販されている肉と同程度まで安くすることも可能だと思います」(同)  羽生氏は「’28年にはスーパーで純肉を買えるようにしたい」と語る。まさに、これは世界史上の食の大転換になるだろう。
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