家出人に対する差別と偏見が、この国には長らく蔓延している。
「家出するとヤクザにだまされる危険がある」とか、「人身売買に遭う子も多い」など、映画やドラマでしか家出を知らない人たちが、家出にドラマチックな展開を求めているのだ。昨年、朝日新聞は「泊めたら性行為」という刺激的なタイトルで記事を発表したが、家出経験者をどれだけ取材したのだろうか?
家出は、家より安心できる生活拠点を探し、誰の許可も得ずに引っ越して働きながら暮らす「自立」のことだ。プチ家出は、家族に知らせないまま数日間から数週間だけ家の外にいて、何もなかったように家に帰ってくることを何度もくり返す「漂流」である。
しかし、新聞やテレビは、自立としての家出については語ろうとせず、プチ家出の危険性ばかりを訴えてきた。それが家出そのものを取材していないうしろめたさによるものかどうかはわからないが、プチ家出であっても、家出の危険性を訴えれば、視聴者や読者に共感してもらえるという担保があってのことだろう。
思い込みを疑わずに報道するのがジャーナリズムなら、児童福祉に関するジャーナリズムはとうの昔に死んでいるといっていい。
1990年代末から今日にいたるまで、未成年の頃に家出した経験のある10代から30代までの男女およそ300人を取材したところ、犯罪被害にあったことのある人の割合は、約7%にすぎなかった。しかもそのほとんどは軽犯罪のとばっちりだった。
夜中の公園で迷惑なほど大きな音を出しているのを聞きつけ、面白がって若者たちが踊るそばに近づいていったら、警察官に事情聴取されるはめになったとか、ホームレスが体や服を洗おうと半裸になったのを見て、自分も同じようにやった頃に警察が来て指導されたなど、世間知らずゆえのトホホなケースが多かった。初めて訪れた知らない土地で、出身地の田舎と同じようにおおらかな習慣を続ければ、家や仕事にありつく前に想定外のトラブルは起こる。しかし、それらのトラブルは深刻さやドラマチックなものとは縁遠い。
「家族関係」が原因の行方不明者は、およそ1万5000人
最近の統計を見てみよう。警察庁生活安全局が2018年6月に発表した「平成29年における行方不明者の状況」によると、2017年の行方不明者の届出受理数は8万4850人だった。
原因・動機で最も多いのは、「疾病関係」の26.1%だが、それに含まれる認知症はほとんどが高齢者である。認知症を除くと「疾病関係」の割合は約7%に下落する。人数でいうと約6000人だ。
そのため、実質的な1位は「家族関係」(17.5%)になる。家族関係の悪さに動機づけられた家出人は、全世代を含めて年間におよそ1万5000人もいる。
内閣府が14年前に発表した「平成17年度少年非行事例等に関する調査研究報告書」では、少年非行に関する「新たな視点」として未成年の家出をこう分析している。
「虐待を受けた子どもに最初に現れる非行や問題行動は、虐待を回避したり、親から逃避するための家出や金品の持ち出し、万引きなどの盗みなどである。これらは、その性質からして、『虐待回避型非行』と呼ぶことができる」
内閣府は、家出を「非行や問題行動」としつつも、「虐待を受けた子どもに最初に現れる」行動として位置づけた。被虐待児にとって家出が自主避難であることを国として認めたのだ。
児相に虐待相談をしても、その6分の1件しか一時保護できていない以上、親による虐待から自分の命や心身を守りたい子どもは家出しか救われようがない。「虐待回避型非行」という言葉も、その実態をふまえてのことだろう。