炎上する「無職の専業主婦の年金半減案」報道。問題の本質は女性間の対立ではない

生活保障システムの改革へ

 このように第3号被保険者制度を含む男性稼ぎ主型生活保障システムが貧困を拡大するという目的とは逆の機能を果たしていることを踏まえると、「独身女性」と「専業主婦」、「共働き夫婦の妻」と「専業主婦」の対立として問題を捉えることがいかに表面的であるかがわかるかと思います。  第3号被保険者制度には、女性の年金権確立に貢献したという意義があります。しかし同時に、結婚しているかどうかや配偶者の雇用のあり方によって、加入する保険が異なることが、生活保障としての逆機能を招いていることを見据える必要があります。  その意味で年金財政が悪化したことに対して「無職の主婦の年金半減案」のように場当たり的な対応するよりも、年金制度に関する負担と給付の関係を根本的に考え直すことが、より求められているのではないでしょうか。既婚かどうかや配偶者の雇用のあり方にかかわらず、収入に応じて保険料を負担するような制度の方が望ましいのかもしれません。

「女性間の対立」として繰り返し論じられてきた「第三号被保険者制度」

 実は第3号被保険者制度が「女性間の対立」として論じられるのはこれが初めてではありません。むしろ、1990年代後半以降、女性のライフコースの多様化と関連してこの制度は格好の論争のテーマであり続けました。  女性が結婚し、子どもを持ち、配偶者に扶養されるということが当たり前でなくなった以上、この問題が、たとえ擬似問題であっても「女性間の対立」として論じられてしまう素地はあったとも言えます。(※10:社会学者の妙木忍さんの著作『女性同士の争いはなぜ起こるのか-主婦論争の誕生と終焉』(2009年、青土社)は、この問題について掘り下げて論じている)  例えば2011年にいわゆる「主婦の年金救済問題」が政治課題化した際にも、そもそもの第3号被保険者制度自体の妥当性が論じられました。当時、NHKが視聴者から募集した意見がインターネット上で確認できますが、独身女性、共働きの女性の立場からと思われる第3号被保険者制度に対する批判も見受けられます。  今回、専業主婦の立場からのみならず、働く女性の立場からも「無職の専業主婦の年金半減案」報道を批判する動きがあったことは、もしかしたらこれまでの論争とは異なる現象かもしれません。このような動きは、家事や育児の責任を無償で担う人々が経済的な依存状態に陥ってしまいがちであることに光を当てるものだったと思います。  このような人々の貢献に社会がどのように応えるべきかは、第3号被保険者制度とは別の大きな問題であり、この制度の是非とは切り分けて論じられるべきでしょう。 <文/川口遼> 社会学者。首都大学東京子ども・若者貧困研究センター特任研究員。専門はジェンダーの社会学、家族・労働・福祉の社会学。主な著作に『わたしたちの「戦う姫、働く少女」』(ジェンダーと労働研究会編、堀之内出版)など。
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