さて、ここまでは現れていない表情―恥や罪悪感表情―について考えてきました。これより注目するのは、現れている表情についてです。
それは田口容疑者の顔に浮かんだ口角が軽く引き上げられた表情と首に浮かんだ縦ジワです(分析動画、首に浮かぶ縦のしわ0:23参照)。口角の引き上げは、先に書いたように部分的な幸福表情です。首の縦ジワは、首に力が入り、緊張しているため生じるしわです。
幸福と緊張という相反する状態が表情から観られるわけですが、緊張の方が優勢だと考えられます。さらに言えば、この幸福表情は本当に幸福な感情が現れているとは考えられません。その理由は、幸福感情というリラックスしている状態と緊張という状態が同時に起きるとは通常考えられないこと、捜査車両の中、あるいは捜査プロセスの中にいるという状況であること、首の緊張は自然に起こるものの口角を引き上げる動きは意図的に行いやすいということ、が挙げられます。
それではなぜ口角が引き上げられているのでしょうか。2つの可能性が推測できます。一つは、心の防衛のため、もう一つは、自信の自己演出のためです。
私たちの中にはネガティブな感情状態や状況下に置かれると、口角を上げ、微笑する方々がいます。こうした方々は、本当に楽しいわけではなく、笑うことによって自分のネガティブな心をこれ以上ネガティブにしないように守ろうとしているのです。
実際、意図的に口角を引き上げることで、ポジティブな気持ちが高まる、あるいはネガティブな気持ちが低くなることが実証されています。田口容疑者は、こうした傾向を持っているため、口角が引き上げられた表情になっている可能性が考えられます。
もう一つ考えられるのは、自信の自己演出です。これまで田口容疑者がカッコよさやクールさを売りにしていたとしたら、逮捕されるという事態はこうした印象とは対極の印象を与えてしまいます。そこで軽く口角を引き上げ、堂々と前を見据え、自信があることを演出した可能性が考えられます。
もちろん究極的には、田口容疑者自身あるいは田口容疑者をよく知る人々にしか田口容疑者の心の中はわかりません。田口容疑者の感情傾向―「これまで軽く微笑むのはどんなときだったか」「これまで緊張の中で幸福が生じたのはどんなときだったか」―を知らなければ正確な解釈は出来ません。
いずれにせよ、真相解明のために捜査機関には田口容疑者の気持ちを理解しながら捜査をして頂き、将来、田口容疑者が満面の笑みでパフォーマンスが出来るように社会的サポートがなされることが望まれます。
【清水建二】
株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役・防衛省講師。1982年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でメディア論やコミュニケーション論を学ぶ。学際情報学修士。日本国内にいる数少ない認定FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持している。20歳のときに巻き込まれた狂言誘拐事件をきっかけにウソや人の心の中に関心を持つ。現在、公官庁や企業で研修やコンサルタント活動を精力的に行っている。また、ニュースやバラエティー番組で政治家や芸能人の心理分析をしたり、刑事ドラマ(「科捜研の女 シーズン16・19」)の監修をしたりと、メディア出演の実績も多数ある。著書に『
ビジネスに効く 表情のつくり方』(イースト・プレス)、『
「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』(フォレスト出版)、『
0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』(飛鳥新社)がある。