「脱ビジネスウェア」に舵を切るメンズ百貨店――若者集客に成功した「超意外」な店舗とは!?

百貨店が「ストリート系」重視に舵を切ったワケ

 それでは、こうしたビジネスウェア売場はどういった売場に転換されたのか――その1つは、言うに及ばす「カジュアルウェア売場」である。  とくに、今回のリニューアルで両店ともに取り扱いが拡大されたとみられるブランドの代表格が「オフホワイト」や「バレンシアガ」だ。  新興のストリート系ブランドの代表格・オフホワイトとオートクチュールやバッグで知られる老舗ブランド・バレンシアガでは立ち位置が大きく異なると思う人も多いかも知れないが、実はバレンシアガも近年はストリートスタイルの商品を次々にリリースしており、どちらも高級ストリート系ブランド界においてはトレンドとなっている。つまり、これらは両店が「カジュアル強化」に舵を切ったことを象徴するものであるといえる(最も、両ブランドはカジュアルといえどもTシャツでも5万円前後するため「カジュアルウェア」として購入する層は限られてくるのだが)。
伊勢丹メンズ館6階

伊勢丹メンズ館6階・メンズコンテンポラリー(伊勢丹ウェブサイトISETAN MEN’S netより)

 こうした「メンズ百貨店のカジュアル強化」の大きな要因として挙げられるのが、都心における「感度が高いメンズファッション売場の相次ぐ縮小」であろう。  以前より、百貨店業界に限らずアパレル業界全般において紳士服・メンズウェアの売上規模は小さく、投資優先度の低い市場と言われてきた。総務省統計局が実施した2014年全国消費実態調査によると、単身世帯の被服及び履物に対する消費支出は女性が5.4パーセントなのに対し、男性はその6割に満たない3.1パーセント。日本百貨店協会が発表した2019年1月の商品別売上高においても、婦人服・洋品が約1129億円に対し、紳士服・洋品は約393億円と、なんと3分の1ほどの売上規模しか占めていない。一般的な百貨店やファッションビルが、ファッション分野に対して多額の消費支出を行う女性を主要顧客とすることは経済活動として自然な流れだ。  そして近年、百貨店やファッションビルを含めた多くの実店舗の多くが通販との競合により効率化を迫られるなか、メンズ売場は店舗運営の効率化による「売場縮小」の対象となりやすかった。最近、百貨店のインテリア売場に大手家具・雑貨店「ニトリ」が出店していることを良く見かけようになったが、それと同様に縮小されたメンズ売場跡についても大型専門店へと転換されることが多く、そこには大手紳士服店やファストファッション店が進出する例も多くある。
さいか屋百貨店横須賀店

「洋服のサカゼン」が出店するさいか屋百貨店横須賀店。今や百貨店内の一角に「大手紳士服チェーン」が出店する例も少なくない

 こうしたなか、東京を代表する若者向けメンズファッションビルであった「ルミネマン渋谷」が2017年7月に閉館「SHIBUYA109メンズ」が2019年2月に業態転換(メンズ専門業態を廃し「MAGNET by SHIBUYA109」に転換)。さらに、B館の大部分がメンズファッションで占められる「西武渋谷店」も再開発が検討されるなど、ファッション感度の高い男性からは「ここ数年で一気に買い物する場所が減ってしまった」と失望の声が聞かれていた。  つまり今回の両店の改装には、「これまでファッションビルなどを利用していたようなファッション感度が高く比較的若い男性をメンズ百貨店市場に取り込みたい」という思惑も大きいのではないだろうか。  伊勢丹の発表によると、メンズ館の既存顧客である約265万人の平均年齢は49.5歳であり、開店時より大きく上がっているという。ファッションビルを利用するような「若年層の取り込み」は喫緊の課題だ。
ルミネマン渋谷

2017年に閉館した「ルミネマン渋谷」。ルミネ唯一のメンズ館であった

「コト消費」「こだわり」重視の戦略

 そしてもう1つ、両店ともに増加したのが「コト消費」に繋がるような体験型・時間消費型の売場や、「自分だけのこだわりの商品」を購入することができるオーダーメイド商品やヴィンテージ商品の売場だ。  百貨店業界では以前より「モノ消費」から「コト消費」への転換が課題として挙げられているが、今回の両店リニューアルにおいても、趣味的商品の強化といった消費者嗜好の変化、価値観の多様化に応えるような時間消費的要素が強い売場が増えている。
伊勢丹メンズ館

伊勢丹メンズ館に新設されたオーダーシャツ・オーダーネクタイコーナー。(伊勢丹ウェブサイトISETAN MEN’S netより)

 例えば、伊勢丹ではプロモーションスペースやコミュニケーションスペースを増やし、新たに一部無料体験も可能な男性化粧品・香水のお試しコーナーや日本最大級のオーダーシャツコーナー、そしてアート作品やDJブースまでもが設置されたほか、阪急ではオリエンタルラジオ中田敦彦氏が手掛ける「幸福洗脳」やコンドーム専門店「コンドマニア」の自販機の設置が行われたほか、見るだけでも楽しめるアート作品やヴィンテージアイテムの売場も導入された。これら両店の体験型・時間消費型売場の内容からも、何とかして「若者を取り込みたい」という強い思いが感じられる。
伊勢丹メンズ館に設置されたアート作品

伊勢丹メンズ館に設置されたアート作品「自分らしさ」についての43人の文体練習。同店がテーマに掲げる「○○らしさ」にちなんだもので、若者に人気の夢眠ねむさん(元・でんぱ組.inc)の作品も

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もっとも若者の集客に成功していたのは……
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