インドネシアの公開鞭打ち刑を「残虐だ」と非難するだけでは済まない複雑な事情

公開鞭打ち刑の現場

公開鞭打ち刑の現場。右手に見えるモスクの境内につくられた仮設ステージで、野次馬たちがスマホで撮影する中、白装束の受刑者(中央)が茶装束の刑執行官(その右)に鞭打たれる

「ひとつ!ふたつ!みっつ!」 刑務官の号令に合わせて、木の鞭が水平にしなり、うなりをあげて受刑者に叩きつけられる。乾いた打撃音がモスクの境内に響きわたるたび、観客から沸き起こる歓声が、受刑者のうめき声をかき消す。  この3月、インドネシア・アチェ州の首都バンダ・アチェで、「婚姻関係にない男女が手をつないだり抱き合ったりした」などの“罪”により、公開鞭打ち刑が2度にわたって執行された。国内外の非難を押し切ってこの残虐な刑が強行された背景には、いったい何があるのか。

青空プロレス会場のような異様な処刑場の雰囲気

公開鞭打ちの刑場は黒山の人

この日はアチェ史上初のゲイに対する刑執行だったからか、公開鞭打ちの刑場は黒山の人だかりだった

 筆者は2年前、バンダ・アチェを訪れた時、偶然にも公開鞭打ち刑の現場に潜入することができた。刑が執行される前日、たまたまその情報を現地の人から聞いたからだ。そこで筆者が目撃した光景は、まるで日常から切り離された別世界のようだった。  たいてい、何人もの受刑者が一度に“処刑”される。刑が軽い方から順に執行され、最後にもっとも重たい刑の人が鞭打たれる。  刑の執行前には名前と罪状が読み上げられ、モスクの前に建てられた仮設ステージに上げられる。刑務官の「構え!」という声とともに、全身を焦茶色の布で覆った執行官が水平に鞭を振り上げる。「ひとつ!ふたつ!みっつ!」刑務官の号令に合わせて、執行官が白い装束に身を包んだ受刑者を、文字通り鞭打つ。  モスクの境内は、30度を超す熱帯の猛暑の中、2500人の観客で埋め尽くされていた。皆、手に手にスマホを構え、受刑者の苦痛に満ちた顔を撮る。中にはアクションカメラで撮影していた“本格派”までいた。  まるで何かの娯楽のような、この光景には既視感があった。青空プロレスの構図とそっくりなのだ。  公衆の面前で鞭打たれるという行為は、家畜以下の扱いであることを意味する。事実、アチェ州知事は外国メディアの取材に対し、こう言い放っている。 「彼らは人としてやってはならないことをした。だから、人間以下の行為を罰として下された。それは他の多くの市民にとってよい教訓となるだろう」

同性愛も、未婚男女が一緒に飲食店に入ることも“罪”!?

2004年の津波で家の上に打ち上げられた船

2004年の津波で家の上に打ち上げられた船。現在では観光地化され、地元の人たちの憩いの場にもなっているようだった

 アチェ州では、シャリア(イスラム法)によって、飲酒や婚前交渉など、私たちの社会では刑罰どころか警察沙汰にもならないようなことが、重い罪となる。  数年前までは、外国人むけにアルコールの販売をやっていたというネット上のクチコミも散見される。だが今では、外国人だろうが関係なく、アルコールの製造、所持、飲用のいずれの場合でも“犯罪”となる。  性に関する規定もどんどん厳しくなり、同性愛もそれだけで“罪”となるようになった。筆者が2年前に潜入したのは、アチェ史上初の“同性愛という罪状”による鞭打ちの現場だった。3発でも失神することもあるというこの厳しい刑を、彼らは83発も受けたのだ。  1年前、アチェでの公開鞭打ち刑を中止するというニュースが流れた。世界中の人権団体の安堵もつかの間、家族・親戚以外の男女が飲食店で席をともにすることを禁止するなど、シャリアはさらに強化され、公開鞭打ち刑も復活した。  インドネシアのウィドド大統領も、アチェ州に対して公開鞭打ち刑の中止を求めている。ちなみにインドネシアは多宗教国家であり、イスラム教徒が大半ではあるものの、仏教やヒンドゥー教など他の宗教も認められている。人口2億6千万超の大国インドネシアで、シャリアが適用されるのはわずか500万人ほどが住む最西端のアチェ州だけだ。
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背景に天然ガス田の利権争いも
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