最低賃金制度に対する代表的な論点を4つ取り上げましょう。
(問1)最低賃金を上げると、物価が上がってしまう。
(問2)最低賃金を上げると、失業が増えてしまう。
(問3)賃金は個々の企業の業績に応じて支払うものだ。
(問4)利益剰余金(内部留保)は帳簿上の利益なので賃金の原資にならない。
(問1)最低賃金を上げると、物価が上がってしまう。
(答)最低賃金を上げても、物価は上がらない。
前回、解説したように、賃金と利潤(会社のもうけ)は、1時間で生産した4000円の分割です。
賃金を上げても下げても、1時間で生産した商品の価格は変わりません。
家電量販店をイメージして、具体的に考えてみましょう。ある薄型テレビの相場が10万円だとします。このとき家電量販店のA店は、自分のお店では店員に高い賃金を払っているとの理由で、同じテレビを12万円で売ることができるでしょうか。もちろん、できません。お客さんは10万円で売っている別のお店で買い物をするからです。
賃金が高いことを理由に値上げをすれば、お客さんは離れてしまいます。賃上げ分を値段に反映させることができるのは、市場に競争がない場合、つまり、このお店でしか薄型テレビが買えないという、独占的な状況があるときだけになります。
賃上げの直接的な作用は利潤の圧縮であって、価格の上昇ではありません。
もちろん、経営者が結託して、賃上げ分を一律に価格に反映させることができれば、物価が上がります。この場合は、賃金上昇分が物価上昇に吸収されてしまいます。
(問2)最低賃金を上げると、失業が増えてしまう。
(答)安心して失業できない社会が問題。
失業は
資本主義の重要な機能です。
失業のない労働市場は、売り物がないスーパーマーケットと同じで役に立ちません。しかし、「雇われて働かなければ生きていけない」社会では、労働者は失業に抵抗し、生活を守ります。脆弱な失業保障のもとでは、雇用を守ることが絶対に必要だからです。ところが、そのことが新しい労働力を必要とする産業への労働力の移動を妨げ、技能の習得や学び直しを妨げている面があります。それに、仕事をやめたくてもやめられない社会では、職場の人間関係で悩んだり、自分がやりたいこととは違う仕事を任されたりすることで、労働意欲が下がります。
それに対して、
安心して失業できる社会は、仕事の選択の幅を広げ、労働意欲を高めます。失業のない社会を目指すのではなく、安心して失業できる社会をつくる必要があるのです。
人生の貴重な時間を安い賃金労働に費やすのは、その人にとっても、社会にとっても大きな損失です。最低賃金1500円でフルタイム働けば、月給にして26.4万円、手取りで20万円くらいでしょうか。その額は、人生の可能性を広げ、充実したものにしていくには十分とはいえません。安く効率的に使う労働には早晩限界がきます。いま、
国民に欠けているものは、生活のゆとりと心の余裕です。
さらに今後、AIに代表される技術革新や国際競争の激化が予想されます。それらの影響に、先回りして対応するためには、人間の多様な可能性を育て、社会の底力を回復していく必要があります。最低賃金の底上げは、個人が自発性に新しい力を発見したり、開発したりする可能性を広げます。
こういった観点からは、
最低賃金は2000円以上を目指すべきです。