「最賃上げ」4つの誤解。最低賃金を上げても物価は上がらない。<ゼロから始める経済学・第5回>

賃金の基準は、企業の業績に応じて決めるべきではない

(問3)賃金は個々の企業の業績に応じて支払うものだ。 (答)賃金は、企業ごとの基準で支払うべきではない。  2019年1月に、経団連(日本経済団体連合会)が経済財政諮問会議に提出した報告書にはこうあります。 「賃金引上げについては、社内外の様々なことを考慮しながら、(i)適切な総額人件費管理の下、(ii)自社の支払能力を踏まえ、労働組合との協議を経て決める(iii)『賃金決定の大原則』に則り、(ii)自社の収益に見合った対応を今年も継続するよう呼びかけている」。(番号は引用者による)  この考え方にとらわれている限り、大幅な最低賃金の引き上げは望めません。「雇われて働かなければ生きていけない」という社会問題も解決できません。番号を付したように問題は3つありますが、ここでは一番大事な(ii)を中心に説明しましょう。 「自社の支払能力を踏まえ」て賃金を支払うとどうなるでしょうか。業績好調な企業の賃金は上がり、不調な企業の賃金は下がります。つまり、企業間の賃金格差が広がります。賃金指数で見たときに、全体で名目賃金が上がっていたとしても、労働者間の格差を広げるような賃上げは好ましくありません。 「デフレからの脱却」を志向する意味でも、働いているのに貧困に陥っている人びとの生活を改善する意味でも、賃金はボトムから上げていかなければなりません。ワーキングプアやブラック企業をなくすためには、企業別に賃金が決められる仕組みを変える必要があります。  だから労働組合には、賃金交渉のやり方を再考してもらいたいのです。  大手企業や好調な企業で獲得した賃上げを、その企業の労働者に直接還元するのではなく、労働者全体で分かち合う「社会賃金」の原資とすべきです。何十年もの長期にわたって成長し続ける企業はわずかです。就職から定年まで一度も失業や転職を経験しない方がどれほどいるでしょうか。企業ごとに賃金を交渉するやり方では、みな「我が社」のことにしか関心が向かわず、「うちはうち、よそはよそ」、「春闘なんてやってもムダ」という感覚に陥りがちです。そうなれば、労働者の労働組合離れがどんどん進むばかりです。  成長企業の労働者から停滞企業の労働者へ、大企業の労働者から中小企業の労働者へ、正規雇用から非正規雇用へ、雇用労働者から失業者へ。長期の停滞に陥っているいまだからこそ、労働者同士の互助組織としての労働組合の機能を積極的にアピールするチャンスがきているといえます。

内部留保は賃金の支払いに使えない?

(問4)利益剰余金(内部留保)は帳簿上の利益なので賃金の原資にならない。 (答)利益剰余金を賃金の原資にしなければならない。  利益剰余金が帳簿上の利益にすぎない、つまり現金ではないので、賃金の支払いに使えない、との反論はちょっとした詭弁です。  利益剰余金を賃金の原資にするということは、利益に相当する資産を処分するということです。もちろん、時価で。そうすれば支払えます。支払えない理由にはなっていません。  このような強硬策に出ていないという意味で、最低賃金の引き上げは、使い道のない利益剰余金を圧縮する穏当な方法なのです。  ただし、ここにも課題があります。本当は「賃金は現金で支払われるべきもの」という原則を考え直す時期が来ているのです。機会があればまたこの話に戻りましょう。 <文/結城剛志(ゆうきつよし)> 埼玉大学大学院人文社会科学研究科・教授。専門は貨幣論。著書に『労働証券論の歴史的位相:貨幣と市場をめぐるヴィジョン』(日本評論社)などがある。
埼玉大学大学院人文社会科学研究科・教授。専門は貨幣論。著書に『労働証券論の歴史的位相:貨幣と市場をめぐるヴィジョン』(日本評論社)などがある。
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