拡大する格差、分断する社会。「劇場型政治」がもたらした負の産物<「言葉」から見る平成政治史・第5回>

いよいよ開幕した「劇場型政治」

●2005年 (年間大賞)小泉劇場/武部勤(自由民主党幹事長)ほか ”2005年9月の衆院選は、小泉首相の意図するせざるに関わらず「造反」「刺客」「くのいち候補」の登場、郵政民営化問題に絞られた単純な争点などにより、さながら「小泉劇場」の態をなした。その結果「小泉一人勝ち」。”  第44回衆議院議員総選挙において、小泉純一郎率いる自民党は296議席を獲得した。以後、地方政治や住民投票も含めて、わかりやすい単一争点を設定し、その是非を問う手法は多用される。大阪都構想の是非、普天間から辺野古への米軍基地の移転もそうだし、国民投票法が定める憲法改正の是非を問う国民投票も実現に至れば同様の構図になるはずだ。本来の多様な民意を、二項対立の図式に収斂させたうえで勝利するには、耳目をひく仕掛け――革新的に見える手法とそれらを形容するキャッチーなネーミングが重要だ。  その点、小泉は凄まじいまでのセンスを見せつけた。連日テレビカメラは小泉の一挙手一投足を追いかけた。彼の口数は少ないが、しかし短く切れ味のよい言葉は耳に残り(サウンドバイト)、立ち居振る舞いは画になったからだ。いまでもテレビ制作の現場では、政治の季節になると当時の制作陣たちの反省が共有されることがある。メディアの世界には第44回総選挙で、政治の言葉を本来チェックすべき自分たちが小泉の政治の言葉を安易に流通させてしまったのではないかという懸念が残り続けている。郵政民営化に反対する自民党現職の選挙区に、小泉らは有力な対抗馬を送り込み、メディアはその候補者らを「刺客」と呼んだが、この言葉もまたこの年の「トップテン」に入っている。  いま、確かに政治の言葉はかつてより形式的にはコストが投入され形式面では洗練されているが、これほどまでにメディアの熱狂を生み出すには至らない。改めて小泉の凄みを想起させるが、結果として派閥政治を弱体化させ、自民党の多元性、多様性を減少させたことの功罪も考えるべきだろう。

齎され始めた「小泉政治」の負の部分

●2006年 (トップテン)格差社会/山田昌弘(東京学芸大教授) ”これまでの「一億総中流」が崩れ、所得や教育、職業などさまざまな分野において格差が広がり二極化が進んだといわれる。市場原理を重視し、改革・規制緩和を進めた小泉政治の負の側面との指摘もある。”  中流の崩壊や格差を巡る議論が論壇を賑わせたのもこの時期である。社会学者佐藤俊樹の『不平等社会日本――さよなら総中流』(中央公論新社、2000年)、山田昌弘の格差社会を巡る一連の著作(『希望格差社会――「負け組」の絶望感が日本を引き裂く』の単行本本発売は2004年)や、経済学者橘木俊詔の『格差社会――何が問題なのか』(岩波書店、2006年)など、中流崩壊や格差を巡る議論が多く戦わされるようになった。なかでも、かつて日本社会に存在したのは実際に格差がない社会という意味での実体としての中流社会ではなく、富裕層も貧困層も中流意識を持つことができた社会であったという指摘は、実際には所得税の最高税率の引き下げ等の制度の変化はあったものの、いっそうの分断可能性にさらされている現代においても一読の価値があるのではないか。 ●2007年 (トップテン)(消えた)年金/舛添要一(厚生労働大臣) ”5000万件ともいわれる基礎年金番号に統合されていない記録のこと。元経済誌記者の調査能力を活かし、年金問題を徹底して追及していた“ミスター年金”長妻昭議員が国会で質問し、大きくクローズアップされた。”  「消えた年金」問題は、小泉内閣の2004年頃から与野党問わず相次いで発覚した政治家の国民年金未納問題ともあわさって社会から大きな注目を集めた。政治家の年金未納は小泉内閣当時、閣内にも多数の未納者が発覚し、当時の福田康夫官房長官は大臣を辞任した。だが同時にこの問題を厳しく追求していたはずの野党からも同様の問題が発覚し菅直人が民主党代表を辞任するなど、政界を揺るがす大問題に発展した。また年金に関する個人情報への不正閲覧の常態化等の当時の社会保険庁の不祥事が相次いで発覚し、多くの職員がその積を問われ、500人を上回る免職者を出すことになった。同庁は消えた年金問題の影響もあり2009年をもって廃止されるが、既に年金と政治に関する厳しい世の中の雰囲気が存在した。  そのなかで新たに発覚したのが、納付の有無が定かではなく、一元化して入力されてさえいない検証困難な大量の年金記録の存在であった。後継の日本年金機構によれば2013年時点で「約5,095万件の持ち主不明の年金記録のうち、約2,961万件の記録が基礎年金番号とむすびつきました」という(参照:日本年金機構「年金記録問題とは?2」)。  しかし言い換えれば、半数の照合はできておらず、問題の根本的解決がなされていないともいえそうだ。結果、政権に対する強い不信感に結びつき、2007年7月に実施された第21回参議院議員通常選挙を経て自公は議席数を減少させ、民主党は議席数を伸ばし、参議院第一党の地位を獲得し、衆参で第一党が異なるいわゆる「ねじれ国会」が発生し、のちの民主党による政権奪取への重要な足がかりとなった。 (トップテン)ネットカフェ難民/川崎昌平(「ネットカフェ難民」著者) ”働いてはいるものの、事情によりネットカフェに寝泊まりする人たちがネットカフェ難民として報道された。日本複合カフェ協会では「難民」という言葉の使用を控えることを求める緊急アピールを発表した。”  先の「格差社会」同様、センセーショナルな新たな貧困の形態が次々に告発されるようになった。この年、朝日新聞社がかつて発行していた論壇誌『論座』2007年1月号に、フリーライターの赤木智弘が「「丸山眞男」をひっぱたきたい――31歳、フリーター。希望は、戦争。」という論考を発表し、話題を読んだ。将来が見えない非正規雇用のフリーターとして働く/働かざるをえなかった身を振り返れば、むしろ戦争という金持ちもそうでないものも、正規雇用者も非正規雇用者もある意味では公平に死に直面しうる時代のほうが望ましいようにも見えると丸山眞男に代表される戦後民主主義や平和主義に対する批判を展開し話題を集めた。就職氷河期に直面した世代も、活発に言論活動を行い「ロスジェネ論壇」や日本における「プレカリアート」言説としてもまた注目された。
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先行きへの不信感が一層増大した日本
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