アベノミクスを支えるリフレ派の誤り。デフレは停滞の原因ではない!<ゼロから始める経済学・第3回>

東京

まちゃー / PIXTA(ピクスタ)

 早いものでアベノミクスももう6年、筆者は正直もういいかなと思っています。ですが、世論はそうでもなさそうで、まだまだ支持は根強いようです。理由は様々なのでしょう。証券投資で儲けた方はもっともっとと期待しているのかもしれませんし、株価が上がるのを喜ばない企業はないでしょう。いまの株価が企業の実力で上がったものでないので、金融政策をやめられたら困るとの事情もありそうです。  それに、世の中の人が聞きたいのは「もっと景気のいい話」、「どうすればうまくいくのか」という話なのかもしれませんね。国会でも、野党が「対案のない批判は無責任だ」と批判されています。しかし、うまい話に飛びつく政治はもうやめにしませんか問題があると分かっていて政策や法改正を強行することも、やはり無責任です。まずは足下のアベノミクスときちんと向き合ってほしい。アベノミクスにどんな問題があるのか、きちんと納得しておかないと、前へ進めません。  アベノミクスの「大胆な」ところは、日本経済の停滞の原因が「デフレ」にあると分析し、金融政策によってそこから「脱却」できる、とした点です。しかし、その分析は誤っているといわざるをえません。

2年以上物価が下落していれば「デフレ」

 話をよく理解してもらうために、まずは「デフレ」の意味を確認しましょう。2006年3月の参議院予算委員会で、与謝野馨氏が次のように答弁しています。 「デフレ脱却とは、物価が持続的に下落する状況を脱し再びそうした状況に戻る見込みがないことと考えております」(第164回国会 予算委員会 第5号〔平成18年3月6日〕)  つまり、「物価が持続的に下落する状況」が「デフレ」です。そして、「デフレ脱却とは、物価が持続的に下落する状況を脱し再びそうした状況に戻る見込みがないこと」です。この見解はいまでも政府に維持されています。ところが、与謝野氏は次のようにも答えています。 「これは、従来からの答弁の中にありますように、デフレということの厳密な定義はございません」  なかなか面妖ですね。「デフレ」とは「物価が持続的に下落する状況」を指すことは間違いありません。しかし、どれくらいの率で、どのくらいの期間、物価が下落したら「デフレ」なのか。また、どういった要因で物価が下落したら「デフレ」なのか、について定義がない、といわれているのです。  これは決して冗談をいっているわけではなくて、与謝野氏は「デフレ」の内容が本当に分からないと考えていたようです。朝日新聞のインタビューにこう答えています。 「私には、その中身が何なのかさっぱりわかりません。克服するデフレとは何かも明示されておらず、そもそも物価を上げるという目標はまともな先進国の政策として聞いたことがありません。国民にとって大事なのは物価ではなく実質購買力の上昇です。」(朝日新聞朝刊、2016年6月17日付)  また、別の会見では「定義のない言葉を使ってはいけない」とも述べています。  もっともなことです。  一応の国際基準となっているBIS(国際決済銀行)のレポートによると、2年以上物価が下落していれば「デフレ」です。率と要因については、誰もが納得する基準がないので、どんな要因であっても、とにかく物価が下がっていれば「デフレ」と考えるしかなさそうです。

デフレが「20年続いた」ことはない

 説明が長くなってしまいましたが、「デフレ」の意味は理解してもらえたでしょうか。日本がどのくらいのデフレに陥っているのか、次の図1で確認してみましょう。

©2019 Tsuyoshi YUKI(厚生労働省「毎月勤労統計調査」、総務省「消費者物価指数」から筆者作成)

 図から分かるように、1999~2003年、2009年~2011頃には、年平均ベースでみると持続的な物価下落が見られますが、その他の期間は「デフレ」とはいえません。安倍首相は、2016年6月の記者会見で「20年続いたデフレに戻る」といったり、「もはやデフレではないという状況を創り出すことができました」といったりしています。持続的に物価が下落していない点では「デフレではないという状況」になったのかもしれませんが、20年も持続的に物価が下落した事実はありません。こちらは安倍首相の思い込みです。  さらに、安倍首相は、民主党政権時代の失策が招いた現象であると批判することもあります。が、そう単純な話でもありません。原油の国際価格の推移に注目すると、2010~14年は原油価格の上昇期に当たり、2015年に終息しています。国内物価が、輸入する原油の価格と連動していることを考慮に入れれば、この時期はただ待っているだけで物価が上がる局面でした。そうだとすると、民主党政権が実施していた、穏健な金融政策と、子ども手当のような直接給付によっても「デフレではないという状況」になった可能性があります。  もっとも、物価上昇が伴った戦後日本の高度成長期を、資本主義の正常な成長の時期と考えてしまうと、断続的にでも物価下落が起きたことに不安を覚える気持ちは理解できます。そういった不安に応え、国民が安心できる社会づくりをサポートするのは国の大事な仕事です。しかし、高度成長期は戦後の一時期に現れた特殊な状況だと理解すべきです。
次のページ
アベノミクスは原因と結果を転倒させた
1
2
バナー 日本を壊した安倍政権
新着記事

ハーバービジネスオンライン編集部からのお知らせ

政治・経済

コロナ禍でむしろ沁みる「全員悪人」の祭典。映画『ジェントルメン』の魅力

カルチャー・スポーツ

頻発する「検索汚染」とキーワードによる検索の限界

社会

ロンドン再封鎖16週目。最終回・英国社会は「新たな段階」に。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

国際

仮想通貨は“仮想”な存在なのか? 拡大する現実世界への影響

政治・経済

漫画『進撃の巨人』で政治のエッセンスを。 良質なエンターテイメントは「政治離れ」の処方箋

カルチャー・スポーツ

上司の「応援」なんて部下には響かない!? 今すぐ職場に導入するべきモチベーションアップの方法

社会

64bitへのWindowsの流れ。そして、32bit版Windowsの終焉

社会

再び訪れる「就職氷河期」。縁故優遇政権を終わらせるのは今

政治・経済

微表情研究の世界的権威に聞いた、AI表情分析技術の展望

社会

PDFの生みの親、チャールズ・ゲシキ氏死去。その技術と歴史を振り返る

社会

新年度で登場した「どうしてもソリが合わない同僚」と付き合う方法

社会

マンガでわかる「ウイルスの変異」ってなに?

社会

アンソニー・ホプキンスのオスカー受賞は「番狂わせ」なんかじゃない! 映画『ファーザー』のここが凄い

カルチャー・スポーツ

ネットで話題の「陰謀論チャート」を徹底解説&日本語訳してみた

社会

ロンドン再封鎖15週目。肥満やペットに現れ出したニューノーマル社会の歪み<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

社会

「ケーキの出前」に「高級ブランドのサブスク」も――コロナ禍のなか「進化」する百貨店

政治・経済

「高度外国人材」という言葉に潜む欺瞞と、日本が搾取し依存する圧倒的多数の外国人労働者の実像とは?

社会