アベノミクスの果実は下まで来ない。必要なのはボトムアップ社会への転換

田中信一郎

アベノミクスの結果

 安倍政権は発足してから6年以上たち、一定の結果が出始めています。アベノミクスについても、例外ではありません。それぞれの政策の結果を概観してみましょう。  第一の政策(金融政策)の結果、企業への資金供給(貸出し)は増えませんでした。日銀から金融機関への資金供給量(マネタリーベース)は急速に増加しましたが、肝心の金融機関から企業への資金供給量(マネーストック)は、ほとんど増加していないのです。逆に、マネタリーベースの増加は、円安(円の相対的な価値低下)と輸入インフレをもたらし、消費税駆け込み需要・増税と相まって、消費者物価指数は、緩和前の12年と比べ、15年までの間に5%上昇しました。  第二の政策(財政政策)の結果、公需と建設投資は増加したものの、他分野への波及が弱い状態にとどまっています。企業の設備投資額は、民主党政権からの緩やかな増加傾向が継続し、13年から建設投資が増加しました。12年(民主党政権)と16年の設備投資総額の差は約8兆円程度で、リーマンショックからの回復過程と見なすのが妥当です。実質GDPの成長の主因は、輸出(円安)と公需(財政出動)で、設備投資と個人消費は安定していません。  第三の政策(規制政策)の結果、企業収益の改善が見られる一方、その果実が家計・労働者に回っていません。00年代に比べて、企業収益は6兆円増加しました。そのうち、大企業の収益が5兆円増加しましたが、中小企業への波及は弱い状態です。一方、民主党政権で盛り返した家計消費支出指数は、安倍政権で減少に再び転じました。規制緩和や法人税減税等が、全般的に企業の収益性を高める一方、労働者への分配を減少させる方向で作用したため、家計消費(個人消費)の低下を防げなかったと考えられます。  第四の政策(貿易政策)の結果、輸出額は緩やかに回復しつつも、輸出量は伸び悩んでいます。輸出額はリーマンショックで大きく落ち込み、東日本大震災で再び落ち込むも、回復基調にあります。黒字が続いてきた貿易収支は、東日本大震災以降、赤字に転じ、安倍政権の円安容認により14年が最大となりました。円安路線からすると、輸出数量が増加するはずですが、実際には輸出数量が貿易収支の黒字要因となったのは17年のみです。その背景には、貿易構造の変化があると考えられます。  第五の政策(科学政策)の結果、企業の研究活動が停滞し、国際的な評価も下落しました。日本の研究活動(研究者・研究費)の4分の3は企業で行われ、企業研究者の98%が理系で、費用の3分の2が製品等の開発です。政府予算は横ばいですが、研究開発費の対GDP比率は、14年から減少傾向にあり、企業の研究費減少が見て取れます。また、世界経済フォーラムによる「イノベーションランキング」では、10年4位から16年8位まで後退しました。

アベノミクスの謎=民間最終消費支出の増加と実質賃金の大幅な下落の両立?

 個別にデータを考察すると、はかばかしくないアベノミクスですが、GDPはグングンと上昇しています。GDPは、12年末に底を打ち、14年に「名実逆転」を解消し、15年にリーマン前レベルに回復し、その後も上昇しています。民間最終消費支出は、13年に大上昇し、その後も緩やかな増加傾向を保ち、GDPの伸びと比例しています。民間消費の拡大がGDP押し上げの主因と考えられます。  しかし、民間消費が拡大した理由を、合理的に説明できないのです。なぜならば、実質賃金と労働分配率は大幅に下落しました。消費をけん引していた世帯数も、横ばいに転じました。民間消費が減少する理由ならば見つかるのですが、拡大する理由を見つけられません。  そこで浮上したのが、明石順平氏が指摘する「ソノタノミクス」疑惑です。内閣府は16年12月にGDP算出方法を変更しました。①実質GDP基準年を05年から11年に。②算出基準を1993SNAから2008SNAに。③その他の変更。④94年まで遡って改定。改定幅は、年ごとに「かさ上げ率」が異なり、安倍政権以降のかさ上げ率が突出しています。改定前後の民間消費の差額と「その他」のかさ上げ額を比較すると、安倍政権以降のみ3年連続で一致しました。  株価も不思議な動きを示しています。市場の6割以上を占める海外投資家は、売り越し(日本株の購入総額よりも売却総額が大きい状態)状態にもかかわらず、株価が高値で維持されているのです。株価上昇の要因は、①量的金融緩和(円安によって海外から見ると株安売りと同じ)、②GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のポートフォリオ改定(GPIFの株爆買い)、③日銀のETF(上場投資信託)の大量購入(日銀の株爆買い)と考えられます。  また、政権に近い企業・団体等への利益配慮も疑われています。森友学園、加計学園、労働規制緩和等が代表的な事例です。竹中平蔵氏のように、大手人材派遣会社のトップが規制緩和の強力な推進者にもなっています。政権に近い人々による行政の捻じ曲げによる利益確保を「レントシーキング」(縁故資本主義)といいます。  つまり、アベノミクスとは「政策が効果を十分にあげず、実質賃金の下落も進行したものの、GDPが成長した怪現象」と言えます。とりわけ、GDP成長の原動力となっている民間最終消費支出の増加を整合的に説明できないため、GDP統計の粉飾等が疑われます。それどころか、スタグフレーション(景気後退とインフレの同時進行)の疑いすら生じます。  アベノミクスが成果を上げていないのであれば、もう一つの「所得と人口の減少が民間消費の低迷を導くとの仮説」に転換する必要があります。  仮説2についての解説は近日公開予定です。 <文/田中信一郎 Image by meguraw645 from Pixabay> たなかしんいちろう●千葉商科大学特別客員准教授、博士(政治学)。著書に『国会質問制度の研究~質問主意書1890-2007』(日本出版ネットワーク)。また、『緊急出版! 枝野幸男、魂の3時間大演説 「安倍政権が不信任に足る7つの理由」』(扶桑社)では法政大の上西充子教授とともに解説を寄せている。国会・行政に関する解説をわかりやすい言葉でツイートしている。Twitter ID/@TanakaShinsyu
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