アベノミクスの果実は下まで来ない。必要なのはボトムアップ社会への転換

田中信一郎
東京イメージ

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 2019年3月13日に開かれた立憲民主党の議員勉強会にて、「ボトムアップ社会への転換で活力ある経済の持続を実現する」というタイトルで講演をしました。有権者の間で、経済政策についての議論が深まることを期待し、その概要を紹介します。(参照:筆者による講演に用いた資料)。

安倍政権以前の経済の状況

 90年以降の経済を一言で表現すると、実質賃金の下落が進んだ経済でした。物価の下落率が名目成長率を上回るため、99年から「名実逆転」(名目成長率が実質成長率を下回る状況)が常態化しました。いわゆるデフレ(デフレーション:持続的に物価が下落する状態)です。  実質賃金の下落が、デフレとして表面化したと考えられます。08年9月のリーマンショック後は、製造業に加え、サービス物価も下落するようになりました。サービス物価を決定づける最大の要因は賃金動向で、次が需給要因です。ただ、需給要因は過去に比べ弱くなっていて、賃金の下落がサービス物価の下落を可能としました。  名目賃金の下落幅ほど、消費者物価指数が下がらなかったため、実質賃金が下落しました。この間、企業は、販売増加と設備投資拡大をしたものの、消費額の伸び悩みによる価格低下圧力を受け、収益改善を人件費縮小に求めました。その結果、労働分配率を低下させ、業績を賃金に反映させず、実質賃金を下落させました。  賃金下落にもかかわらず、00年代のGDPが成長したのは、輸出と消費の増加によります。人口ピークは08年でしたが、世帯数は14年まで伸び続け、世帯増加が個人消費のベースとなり続けました。また、好調なアジア経済も、輸出を支えました。  こうした経済状況に対し、小渕・森・小泉政権は、金融緩和・財政出動・規制緩和を繰り出しましたが、デフレを改善できませんでした。小渕政権は、橋本政権の財政再建路線を放棄し、空前の財政出動を展開しました。日銀は、01年から量的緩和政策を実施しました。小泉政権は、規制緩和政策を実施しました。しかし、いずれも賃金増加には寄与しませんでした。  リーマンショックは、外需に依存する日本経済の脆さを露呈しました。リーマンショックによる外需喪失影響が、主要国でもっとも大きかったのです。その後は、アジア向けの輸出と地デジ化等による耐久消費財の消費が、経済をけん引しました。ただ、実質賃金と消費者物価は、09年から12年まで横ばい傾向と持ち直し、この時期は賃金動向よりも失業動向が課題でした。  金融緩和・財政出動・規制緩和にもかかわらず、実質賃金の下落が進行したことで、経済状況を改善するため、二つの仮説が生まれました。 ① 将来の物価下落予想によって、企業が設備投資を控えている。したがって、政府が物価上昇目標を立て、そのための政策を実施すれば、設備投資が盛んになり、デフレ状態が解消され、実質賃金も上昇するだろう。 ② 所得の低下と人口の減少によって、個人消費が低調になっている。したがって、政府が低所得者の所得を高めるための政策を実施すれば、個人消費が盛んになり、実質賃金が上昇し、デフレ状態も解消されるだろう。

アベノミクス=将来の物価下落予想が設備投資の抑制を導くとの仮説

 安倍政権が採用したのは「①将来の物価下落予想が設備投資の抑制を導くとの仮説」でした。「企業は旺盛な設備投資意欲を潜在的に有している」ことを仮説の大前提とし、高いインフレ目標を掲げて将来の物価上昇予想を示すとともに、企業の投資意欲を抑制する壁を取り除く政策を打ち出すこととしました。それが、大きく5つの政策からなる「アベノミクス」です。  第一の政策は、資金の壁を取り除く金融政策です。日銀が金融機関に資金を大量供給し、企業への融資を円滑にします。2%のインフレ目標を設定し、目標達成まで、じゃぶじゃぶと資金を市場に供給することとしました。  第二の政策は、内需の壁を取り除く財政政策です。公共事業を拡大し、乗数効果を通じて、企業の受注量を増加します。民主党政権で削減された公共事業予算を回復させ、企業に需要をつくり、労働者に雇用の場を提供することとしました。  第三の政策は、供給の壁を取り除く規制政策です。規制を緩和し、企業活動の自由度を高め、生産コストを抑制します。労働分野を中心に社会的な規制を緩和したり、環境の規制強化に消極的な姿勢を示したりして、経営資源を活用しやすくしました。  第四の政策は、外需の壁を取り除く貿易政策です。国境や法の制約を減じ、官民共同で受注し、輸出産業を振興します。TPP11(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)の締結やイギリスへの原発輸出等、日本企業の海外進出をこれまで以上に後押ししました。  第五の政策は、革新の壁を取り除く科学政策です。企業の研究や人材育成に選択と集中し、イノベーションを促進します。大学の研究に対する選択と集中や理系の重視も、この一環と考えられます。
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「アベノミクス」は何をもたらしたのか?
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