時代に火をつけた男キース・フリント急逝。ジャンルを超えた野獣を偲ぶ

Keith Flint The Prodigy

Keith Flint from The Prodigy (Photo by Simone Joyner/Getty Images)

 3月4日、ザ・プロディジーのシンガー&ダンサー、キース・フリントが急死した。イギリスのエセックス州の自宅で遺体となって発見されたもので、死因の詳細は明らかにされていないが、自殺と断定されているという。狂騒のクール・ブリタニアの時代に、音楽界の構造を半永久的に変えたダンス・ミュージック界の“野獣”はあまりにあっけない、49年の生涯を閉じることとなった。

ダンス・ミュージックをフロアの外に拡大

 ’95年、ザ・プロディジーは、エレクトロ・ミュージックの世界ではすでに大物だった。プロディジーの頭脳、DJのリアム・ヒューレットは、サンプリングされた生ドラムのビートを高速化させた、畳み掛けるようにアタックをかける攻撃的なビートでイギリスのダンス・ミュージック界ではトップに立っていた。  だが、彼が仮にもし、「その次の手」を果敢に打ってこなかったとしたら、ダンス・ミュージックは相変わらず“フロア”のもので、エレクトロ・ミュージックを愛する人以上のものにはならなかったかもしれない。  ’96年、リアム・ヒューレットは大きな賭けに出た。それはシングル「Firestarter」にバックダンサーだったキース・フリントを起用することだったが、それはたんなる“歌を歌う”という行為をはるかに超えた、恐るべき機能を果たした。  この曲のMVでキースは逆モヒカンにしたクレイジーな髪型で、“ビートにとりつかれた中毒者”のような不安定な足取りと目つきで、視聴者の側を不気味に見つめた。そしてリアムによる高速ブレイク・ビーツが始まるや否や、キースは電気ショックに打たれたように全身をのたうち、画面を見ている人たちに対し、挑みかけるように歌で煽った。  効果は覿面だった。リアムの作った新しいビートはただでさえ、これまでの自己ベストの攻撃性を持ったものだったが、キースによる動物的な煽りは、それを見る人たちの中に潜在的に存在する肉感的な衝動本能を刺激するものだった。その曲は文字通り、何かを発火させたのだ。  案の定、“奇跡”は起こった。この曲は全英チャート1位になったのみならず、これまで全くダンス・ミュージック、エレクトロに興味を示さなかったロック・ファンをも夢中にさせたのだ。プロディジーはロック・フェスでも頻繁に声がかかる存在となり、キースはそこでも野獣の本能でオーディエンスの体を全身で揺さぶった。  すると、そこに相乗効果が現れた。同じく前年にブレイク・ビーツでちゅうもくされたケミカル・ブラザーズは、当時空前絶後の盛り上がりを見せていたブリットポップ最大のロックスター、オアシスのノエル・ギャラガーをゲスト・ヴォーカルに迎えた「Setting Sun」で全英1位となり、プロディジーに続いた。  また、この当時のイギリス国内でのドラッグ・カルチャーを生きる青春群像を描いた映画『トレインスポッティング』で、アンダーワールドがロックとエレクトロをユナイトさせるアンセム「Born Slippy (Nuxx)」を放った。さらに、“サンプリングの魔術師”、元ロック・ミュージシャンのDJノーマン・クックがファットボーイ・スリムの名義でブリット・ポップ世代の新たなビートを築いた。そしてプロディジー自身も、「Firestarter」同様の攻撃性を持つ「Breathe」でそれに続いた。  こうして、エレクトロ・ミュージックはロック・カルチャーにも大歓迎され、ロック・フェスでも、彼らのようなエレクトロ・アーティストがメイン・ステージ、しかもヘッドライナーとして大団円を迎えることも珍しくなくなった。そしてそれは、この後に産声を上げることとなる日本のフェスティバル・カルチャーにも大きな影響を与えた。
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ハードな音楽ファンにもダンス・ミュージックが浸透
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