しかし、28日の会談二日目午前中に、トランプ大統領の様子が変わります。
昨日の自信とは一転して、終始、眉が中央に引き寄せられ、眉間にしわを寄せています。これは熟考です。この交渉が思ったより難しく、予想していた結果を導くのは困難と考え始めた可能性が考えられます。
一方、金委員長の感情的な変化は初日から大きく変わりません。
トランプ大統領が「非核化を急ぐ必要はない」「核実験を今後しないという金委員長の約束に感謝している」と述べる場面で(0:03:29)、金委員長の右の口角が引き上げられ、左の口角もそれに続きます。初日同様、優越感からの幸福の流れです。
そして(0:05:40)、「私の直感ではいい結果が出ると信じています」と金委員長は述べます。北朝鮮側が提示している条件で、米国は応じ、交渉は収まると自信を抱いていたのだと考えられます。
ところがこの後、トランプ大統領の記者会見が2時間前倒しとなり、交渉が両国にとって納得する形で収まらなかったこととが伝えられました。
27日の夕食後から28日午後の交渉決裂が発表されるまでの間に何が起きたのでしょうか。
交渉の席に座る両氏に優越感が抱かれるとき、それは真に自信を持って相手を理解し、交渉が双方納得のいく形で上手く行くと考えている場合もあれば、相手側の力量や利得構造を見誤っているにも関わらず、交渉が双方納得するかどうかはわからないが自分側に有利に進むと考えている場合もあります。
いずれにせよ、自分の交渉手腕に優越感を抱いている、後者の場合は、相手の力量を低く評価していることもあります。
「
ロシア疑惑に揺れ、支持層からの信頼を得ることに重きをおくトランプ大統領にとって今回の交渉は多少譲歩をしても成功させることこそが重要」だと金委員長は考え、「
自国経済の早急な回復に重きをおく金委員長にとって指定核施設の放棄を承諾する可能性は高い」とトランプ大統領は考え、こうした前提に立てば、今回の両国が提示した条件は双方が受け入れるはずと期待し、初日の交渉に望んだのではないでしょうか。
しかし、27日の夕食後にトランプ大統領は何らかの懸念事項を抱き、28日の関係者を交えた交渉の前あるはその最中で金委員長は「高くつく」交渉だと考え、交渉が思うようにまとまらなかったと考えられます。
トランプ大統領の懸念の理由はわかりません。金委員長の難色の理由は、おそらく、会談後の記者会見でトランプ大統領が述べていたように、北朝鮮側は想定していたよりも米国が核施設の存在を把握している事実とその段階的放棄の条件に驚き、これは高くつく交渉だと考えたのではないかと思われます。
驚きという感情は「予期していない事態に遭遇」したときに生じます。北朝鮮側は想定外の事実を米国に提示されたのだと考えられます。
今回の会談は、事前の調整不足が報道されていました。つまり、双方がお互いの利得構造を把握しきれていなかった可能性があります。そんな中、観られた会談初日の優越感。この表情が交渉決裂の前兆だったと考えられる理由です。
ただ、交渉決裂という結論が出てから、「これが前兆だった」というのは簡単です。視点を建設的な思考に切り替えます。
この会談から私たちは何を学べるでしょうか。それは、私たちが交渉当事者のとき、
交渉の初期段階で相手の表情に優越感が現れたら、本当に相手の力量や利得構造を把握出来ているのか、今一度、検討し治すのが賢明だということです。
そうした意味では(互いの優越感に気付いたかどうかはわかりませんが)、
トランプ・金両陣営が交渉を無理に進めなかったのは、良かったことなのかも知れません。
今後の動向も、引き続き注視していきたいと思います。
【清水建二】
株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役・防衛省講師。1982年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でメディア論やコミュニケーション論を学ぶ。学際情報学修士。日本国内にいる数少ない認定FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持している。20歳のときに巻き込まれた狂言誘拐事件をきっかけにウソや人の心の中に関心を持つ。現在、公官庁や企業で研修やコンサルタント活動を精力的に行っている。また、ニュースやバラエティー番組で政治家や芸能人の心理分析をしたり、刑事ドラマ(「科捜研の女 シーズン16」)の監修をしたりと、メディア出演の実績も多数ある。著書に『
ビジネスに効く 表情のつくり方』(イースト・プレス)、『
「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』(フォレスト出版)、『
0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』(飛鳥新社)がある。