「商店街を潰したイオンが撤退で買い物難民」は全てが真逆だった!?――「イオン撤退でも買い物難民ゼロ」の理由とは

「上峰町を変えた」かつての地域一番店

 もともと、この「イオン上峰店」はイオングループの店舗ではなく、マイカルグループの店舗であった。  イオン上峰店の前身である「上峰サティ」は1995年3月にマイカルグループの地方会社「九州ニチイ」が開業させたショッピングセンターだった。  久留米市と佐賀市のほぼ中間、両市から車で20分圏という佐賀県上峰町の幹線道路沿いへの出店で、開業時の売場面積は21,200㎡(映画館などが入る別館を除く)。当時は佐賀県のみならず隣の長崎県全域や福岡県筑後エリアを含めても最大級の商業施設であり、豪華な内装の店舗には九州初のブランドや百貨店系ブランドも出店するなど、大きな話題を呼んだ。  開業翌年の1996年には新たに地域初となるシネマコンプレックス「ワーナーマイカルシネマズ」(現:イオンシネマ)、レストラン街などが入る別館が開業し、さらなる広域集客に成功。マイカル九州(1996年に九州ニチイから社名変更)の旗艦店として、名実ともに西九州~福岡筑後エリアの「地域一番店」となり、さらなる増床計画も発表されていた。
マイカル上峰サティ

マイカル上峰サティ。かつて館内には噴水もあった

 サティはこれといった集客施設も無かった上峰町に大きな雇用、税収、そして人の流れをもたらした。  当時の上峰町は町制を敷いて「上峰村」から改名されたばかり。町には小さな個人商店の集積がいくつかあったものの大きな商店街は存在せず、買い物は近隣の市町に依存する状態であった。しかし、サティの開業後は周辺の沿道(県道22号線・国道34号線)に地場・全国チェーン問わずホームセンターやファミリーレストランなど多くのロードサイド型店舗が出店。やがて、それらの商業集積は「商店街」の様相を呈することとなった。  利便性の向上によりサティやロードサイド店の周辺には住宅が大きく増え、上峰町の人口は増加の一途を辿った。
イオン近くの県道22号線

ロードサイド店の賑やかな看板と新しい民家が並ぶイオン近くの県道22号線。奥にイオンも見える。これらの殆どがサティ開店後に建設されたものだ。左側の森は古墳

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郊外型大型ショッピングセンターの台頭
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