三重県の麻疹感染拡大の背後にある、「反ワクチン」「反医療」信仰の危うさ

病気を治すつもりなのに死に至る悲劇

 一方、エホバとは全く事情の違う事件もしばしば起きている。命より教義を優先するのではない。宗教上の儀式や教祖の能力で病気を治せると信じ込まされた親や子供が、病気を治そうと努力した結果、むしろ死に至るという構図の事件だ。  1999年、千葉県成田市のホテルで「ミイラ化」した遺体が発見された。自己啓発セミナー団体「ライフスペース」のメンバーとグル(指導者)を名乗る高橋弘二が、その遺体について「生きていたのに警察の解剖によって死亡した」などという趣旨の主張を繰り広げた。  亡くなった男性は、病気の治療のため入院中だった。しかし頭を軽く叩く「シャクティパット」という儀式で病気を治せると主張する高橋のもとで「治療」させるため、ライフスペース信者だった長男が男性を病院から連れ出して成田市のホテルに運んだ。男性はその後、呼吸不全で死亡。それでも高橋らは、まだ生きていると称して「シャクティパット」を続け、遺体が「ミイラ化」と言われるような状態になってから発見された。  長男は保護責任者遺棄致死罪で懲役2年6カ月、執行猶予3年の刑が確定。高橋は殺人罪で懲役7年の実刑となった。  この事件の1年後の2000年、宮崎県でもうひとつの「ミイラ事件」が起こった。「加江田塾」と称する共同生活集団で、腎臓病の6歳児と未熟児の「ミイラ化」遺体が発見された。代表者の東純一郎もやはり、病気治しの能力を謳っており、遺体については復活させるための儀式をしていたという。東と幹部は、保護責任者遺棄致死等で懲役7年の刑が言い渡された。  2010年、福岡県に本部を置く宗教法人「新健康協会」の職員夫婦が、重病の子供に治療を受けさせず死なせたとして、殺人容疑で逮捕された。アトピー性皮膚炎による細菌感染で重篤な状態になった生後7カ月の長男を治療せず、手かざしやおフダのようなもので治そうとした結果、敗血症で死亡した。同年、保護責任者遺棄致死罪の容疑で起訴された両親に対して福岡地裁が、懲役3年、保護観察付き執行猶予3年の有罪判決を言い渡した。  新健康協会は、MC救世神教と同様に世界救世教の分派であり、岡田茂吉を教祖とする宗教団体だ。事件当時も、ウェブサイトには、やはり子供に医療を受けさせない親たちの様子を示す体験談が掲載されていた。  自分は子供の頃、心臓病で医師から手術を勧められていたが、浄霊によって生活に支障がなくなったので手術を受けずに済ませたという幼少期を振り返る体験談。幼少期に喘息で、発作がひどいときには3日間眠れないこともあったが、薬を飲んだことはなく、両親が浄霊(手かざし)で治してくれたとする体験談。そんな調子だ。  2005年、堀洋八郎を教祖とする宗教団体「真光元(まこも)神社」の関連団体「次世紀ファーム研究所」(岐阜県)で、1型糖尿病を患っていた中学生の少女が亡くなった。関連会社が販売する「真光元」という健康食品や堀のパワーで「病気を治せる」と言われた母親と少女がそれを信じた。堀の能力に期待した少女自身が、インスリンを持たずに団体の施設に泊まることを決意し、母親もそれを尊重した。  1型糖尿病はインスリン注射によって症状には対処できるが、治療法はないとされる。少女は痛みを伴う注射を1日に数回打たなければならなかった。低血糖状態に備えるため、学校にいるときでも飴を持ち歩き適宜なめる必要があった。これが学校でのいじめにもつながった。  肉体的苦痛だけではなく、精神的にも、社会生活上も、負担が大きかった。少女自身も、もちろん母親も、この病気をなんとかしたいと考える中で「次世紀ファーム研究所」に出会い取り込まれてしまった。  次世紀ファーム研究所の事件では、教祖は起訴すらされなかった。団体のスタッフだけが、過失致死では無罪、薬事法違反で有罪となった。両親が教祖らを訴えた民事裁判でも、裁判所は賠償を認めなかった。  そして2015年、栃木県で全く同じ構図の事件が起こる。同じく1型糖尿病を抱えた7歳の少年について、自称祈祷師の建設業・近藤弘治がインスリン投与を中断するよう指示し、少年が亡くなった。  このケースでは2017年、近藤被告に殺人罪で懲役14年6カ月の刑が言い渡されている。  いずれのケースも、「医療ネグレクト」の部類かもしれない。しかしエホバの輸血拒否とは全く違う。親たちは信仰を子供の命より優先してはいない。治そうとしていたのに、宗教の教義や関係者の指導によって間違った方向に導かれてしまった。  端的に言えば、宗教団体や指導者が親に子供を虐待させたのだ。それがさも子供の病気を治すための行為であるかのように、親や、ときには子ども自身にまで信じ込ませて。
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「科学的」な装いを伴う医療カルト
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