「女はしゃしゃり出てくるな」ブルーカラーの女性観の根底にあるものとは?

橋本愛喜

男性社会が築き上げてきた“神聖性”と自意識

 日本には、昔から「男の仕事場」に女性が入ることを嫌がる環境が多くある。トンネルの工事現場は「山の神」が、漁船は「海の神」が怒るという理由から、それぞれに女性の立ち入りを禁じていた歴史があったり、未だ男性しか跡を継げないとする職業も多い。  スポーツ界でもその感覚は強く、伝統ある相撲の世界においては、病人の応急処置をするべく土俵へ上がった女性救助員を降ろそうとしたり、女児の「ちびっこ相撲」参加が禁止になったりしたことが昨年物議を醸した。  ゴルフ界では「世界的な流れ」を汲み、2020年東京オリンピックのゴルフ競技会場をはじめ、いくつかのゴルフ場が、長い間認めてこなかった「女性会員」の受け入れを開始したものの、それでも依然として「女性の入会制限」を設けるところは数多く存在する。 「神・伝統」と「時代の流れ」の線引きは難しいところではあるし、逆に男性が就けない「女性の職業」も依然として少ないながら存在するため、一概に「女性差別だ」とはし難いが、それでもやはり「体を動かす」、「危険を伴う」といった仕事場では、男性が立場的に優位になり、女性が歓迎されない傾向が強いといえる。  こうして女性目線ばかりを語ると、男性からは再び「これだから女は」とされてしまいそうなのだが、前回にも述べた通り、幼いころからこうした「現場の男たち」を見てきた手前、筆者は彼らの「工場“マン”」としてのプライドを守りたい気持ちや、#MeToo運動などによって狭くなる「彼らの肩身」も、反面深く理解できる。  労働環境の悪い4K(きつい・汚い・危険・細かい)に身を置きながら「日本の技術力を第一線で死守している」となれば、ロマン含んだプライドだって持つようになるし、とんだ勘違いではあれど、男性ばかりの世界の中に突如女性が現れれば、セクハラ発言でウケを狙おうとする気持ちも汲めなくもない。  これが、前回述べた「筆者が今まで女性目線でブルーカラーを書いてこなかった理由」の1つだ。  毎日機械と向き合う閉鎖的な男性社会。そこで生きる彼ら職人には「時流」がつかみにくく、「何が良くて何が悪い」のか線引きができないだけで、こうした態度には悪気がないことがほとんどだ。  とりわけ中年以降の男性ブルーカラーには、これまでそうして積み上げてきた長い経歴がある手前、昨今急激に広がる#MeToo運動や女性進出の波について行けない人が多いのだ。  余談だが、こうしたブルーカラーの環境に似ているのが政治家のそれだろう。頑固でプライドの高い中高年男性中心の世界という共通点は、やはり女性に対する軽はずみな発言を量産させる要因となっている(もっとも、彼らは「悪気がない」で済まされる立場にはないが)。
次のページ 
「#MeToo」における、ホワイトカラーとブルーカラー女性の隔たり
1
2
3
4
5
関連記事
6
7