分断と対立とニヒリズム。沖縄に押し付けられた「基地以外」のもの

菅野完

写真/時事通信社

沖縄に押し付けられた「基地以外」のもの

 この欄でも過去に何度か沖縄について触れたことがある。その度に「沖縄について語るのは難しい」という枕詞をつけてきた。例えば昨年8月に本欄で沖縄について言及したとき、私は、沖縄について語ることの難しさを「思い上がったオリエンタリズムに陥って」しまう可能性があるからだと書いた。今もその気持ちは変わっていない。  さらに今回はもう一つ、冒頭に留保を付けておきたい。私はありとあらゆる住民投票なるものに反対だ。大阪維新の浅知恵で行われた都構想住民投票の後に残った分断を見てみればいい。あるいは、EU離脱国民投票からこのかた英国が辿っている、ダッチロールとしかいえないあの国政運営を見てみればいい。直接民主主義の後には後味の悪い分断に支配された焼け野原のような光景しか残らないのだ。  ここまでの留保を置くものの、やはり、辺野古基地新設に関する沖縄の県民投票について触れざるを得ない。県民投票をめぐる情勢は年明け以降、あまりにも醜悪なものになりつつあるからだ。 「辺野古新基地建設のための賛否を問う県民投票条例案」が沖縄県議会で可決されたのは、昨年10月のこと。しかしその後、県内一部の自治体が「投票を実施しない」という態度を表明しだしたのだ。  なるほど、地方自治法から見れば県の決定に市が従うことは必ずしも義務ではないだろう。しかし、県全域で実施される投票に一部の市町村が参加しないとなると、その市町村の住人は投票権を剝奪されることとなる。参政権という基本的な権利が自治体の一存で否定されるのだ。そんなことが許されるはずがないではないか。
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沖縄を語る難しさを痛感
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