多くの人が湯船の温度を42℃以上にする理由は、風呂場が寒いからそれくらいにしないと身体が温まらないからだ。手っ取り早いのは、脱衣所や風呂場への暖房機器の設置だが、暖房機器の導入には初期投資だけではなく、毎月の光熱費がかかってくる。
今後、電気代やガス代などが値上がりすると、暖房機器をつけることに消極的になってしまう人もいるだろう。命に関わる事故は防げるだろうが、エネルギーの浪費や、本質的に寒くない空間を作るという意味では、決して持続可能な方法とは言えない。
もっと根本的な対策としては、脱衣所と風呂場を断熱することだ。熱の抜けやすい開口部(窓)の対策をしっかりやることはもちろん、可能であれば床や壁の断熱材を厚くすることで、省エネでかつ快適な空間をつくることが可能だ。断熱リフォームをした空間なら、わずかな暖房エネルギーで部屋全体を温められる。
断熱工事にあまり費用がかけられない場合でも、DIYで内窓を設置する、脱衣所の床にアルミマットを敷く、あるいはドアの隙間を塞ぐテープを貼るなど、できることはある。寒さが健康悪化や命に影響をおよぼす事実を考えると、その程度の費用と労力はかけても損はしないはずだ。
多くの人は「家というのはこういうもの」という固定観念で考えている
このような問題の背景にあるのは、北海道をのぞいて日本の既存住宅が著しく寒いという事実だ。国土交通省によると、既存住宅のうちまったく無断熱の家がおよそ4割、ほぼ無断熱の家を合わせると7割以上にもなる。しかし、それは日本の住宅建設の技術が諸外国に比べて劣っているというわけではない。最大の問題は家の造り手と住まい手の意識だ。
多くの人は、断熱された暖かい住まいを体験したことがないまま「家というのはこういうもの」という固定観念で考えてしまっている。しかし実際には、選ぼうと思えば快適で省エネな住まいという別の選択肢はあるのだ。
「しっかり断熱された住宅はコストが高い」と考えるかもしれない。確かに、ローコスト住宅などに比べれば初期投資は高い。それはマンションでも同じことだ。
だが、住宅は一度建てたら30年や40年という長期間を過ごす。その間にかかる光熱費などのランニングコストなどと含めて考えれば、むしろ最初にしっかりと断熱した家を建てた方が経済的にも得になることがわかっている。
自治体を対象に環境・エネルギー政策のコンサルタントをしている田中信一郎さん(地域政策デザインオフィス代表理事)によると、一部の自治体ではすでに「高性能住宅という別の選択肢」を提示する取り組みが、成果を上げ始めているという。
長野県では2015年度から建築事業者に対して、施主に一般的な住宅と高断熱住宅にした場合の違いを説明することを義務づけている。
例えば、「一般的な住宅の場合は建築費が1800万円で、毎年の光熱費は30万円になります」という情報と、「高断熱住宅にすると建築が200万円あがって2000万円になりますが、光熱費は10万円です」という情報を合わせて提示する。
最初に200万円多くかけても、光熱費で20万円の差があれば10年で回収することができ、その後は高断熱住宅のほうが得をすることがわかる。もちろん金額化できない健康や快適性などの面では高断熱の家の方がはるかに上だ。