ここで、足立議員の問題提起について解説しておこう。上述した通り、法務省資料によると、実習生の死亡例は3年間に69人、あるいは、8年間に174人とされている。実習生がおよそ20万人前後いることを考えると、年間の死亡率は大雑把な概算で「1000人当たり0.1人」ということになる。
一方、足立議員が参考資料として提示していた「
万一の恐れは、どれくらいの割合である?(生命保険文化センター)」というページに書かれた日本人の死亡率を見てみると、例えば足立議員の言う30代(30歳と35歳)の男女平均の年間の死亡率はおよそ「1000人当たり0.5人」となる。ついでに、20代について同じ計算をしてみると、男女平均の年間の死亡率はおよそ「1000人当たり0.3人」となる。
ここで、これらの日本人若年層の死亡率を、先に概算した実習生の死亡率と比較してみると、いささか不思議なことに気が付く。そう、なぜか実習生の死亡率の方が低いのだ。これが足立議員による問題提起の核心部である。この結果はいったい何を意味しているのだろうか? 日本人より実習生の死亡率のほうが低いということは、一体どういうことなのだろうか? 単純に、日本に住む日本人よりも、むしろ外国から来た実習生たちのほうが健康かつ安全に暮らしている、ということなのだろうか?
実習生の死亡率が同世代の日本人より低く見えることについては、幾つかの原因が考えられる。まず、先述したように、法務省が示した死亡者数は「国際研修協力機構」が把握している人数と食い違っており、より少なくなってしまっているらしい。これはつまり、法務省側にはまだ死亡者の調査漏れがあり、死亡者数が過小評価されている可能性が高いということだ。
また、多くの外国人実習生にとって日本は不慣れな国であるため、日ごろは日本人以上に用心して暮らし、事故などに遭わないようにしているかもしれない。また、反対に、不慣れな国だからこそ、不注意な行動をとってしまい、不慮の事故に遭うこともあるかもしれない。そういった日本での暮らしにおける日本人との経験差も、死亡率の大きさに幾ばくかの影響を与えているかもしれない。
さらに、“疫学統計”の分野(病気の流行などについての調査を行う)ではよく知られたものだが、「健康労働者効果」(英語では healthy worker effect)という効果が強く表れていることが考えられる。この効果について、ここで簡単に説明しておこう。ある仕事場で働く人々の健康状態について調査したとき、その職場の人々の健康状態が一般の人たちよりも優れているように見える場合がある。そのようなことが起こる原因は幾つかあるが、一つには、病気をして仕事を休職している人が健康調査の対象から外れ、「健康な人のみが健康調査を受けている」状態になっていることが考えられる。そのような場合、当然のことながら、そこから得られた調査結果は「一般の人たちより健康な人たちの集団」かのように見えるものになるわけだ。こういった見せかけの健康効果が「健康労働者効果」と呼ばれるものである。
実際、外国人実習生は外国での労働訓練を任務にした人たちであるため、健康な人たちが選ばれているはずである。そのため、日本人の同世代全体の統計と比べ「より健康」に見えたとしても、何ら不思議はない。さらに、重い病気にかかった実習生が母国に強制帰国させられたという事例があるそうだが、仮にその実習生が帰国後にその病気で亡くなったとしても、“実習生の死亡例”としては数えられていない可能性がある。そういったことがあれば、それもまた、実習生の死亡率を過小評価させる原因になるだろう。
以上に述べたような諸々の理由により、日本の一般人の統計と外国人実習生の統計を比較することは、一定の参考にはなるものの、単純比較をしてしまい、調査結果の解釈を誤れば、実習生問題への対策方法を間違えることにもなりかねないのだ。したがって、足立議員の投げかけた疑問は重要な示唆を与えてくれるものではあるが、結果の解釈には非常なまでの慎重さが求められるのである。くわえて、外国人実習生のような特別な人たちの集団の場合、統計だけで死亡率などの大小を評価するのは、非常に難しいかもしれない。何故なら、上でも述べたように、特別な人たちであるだけに、比較対象の選び方が非常に難しく、そのため、疫学統計のプロたちにとっても解釈が難しいほどなのである。
このような調査対象の場合には、やはり、死亡例一つ一つの死因を丁寧に調べあげていく以上に良い方法はないのではないかと思う。本稿で取り上げた外国人実習生の問題は、日本と友好国との国際関係や、何より実習生たちの尊厳に関わる大問題である。今後の丁寧で地道な調査に期待したい。
<文:井田 真人 Twitter ID:
@miakiza20100906>
いだ まさと●2017年4月に日本原子力研究開発機構J-PARCセンター(研究副主幹)を自主退職し、フリーに。J-PARCセンター在職中は、陽子加速器を利用した大強度中性子源の研究開発に携わる。専門はシミュレーション物理学、流体力学、超音波医工学、中性子源施設開発、原子力工学。