特別報告者は「国連のほうから来た人」ではない。国連人権理事会「特別報告者」の名誉を回復する

UNSCEARとの比較は無意味

 次いで、UNSCEARとの比較について反論する。先述の通り、UNSCEARは国連人権理事会と同じく国連の下部組織ではあるが、参加する専門家の種類や、担う仕事の質は、人権理事会とは大きく異なっている。例えば、トゥンジャク氏の報告の比較対象にされた2013年の福島第一原発事故レポート(以下、2013年福島レポート)には、80名以上もの専門家が関わっているが、「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」という組織名を見れば想像できる通り、それらの専門家は全て科学者であり、さらに、議論の対象も全て放射線影響の“科学面”なのである。  ただし、放射線影響の科学面と一口に言っても、原発事故後の複雑な状況下では、議論すべき課題は多岐にわたる。例えば、壊れた原発から放射性物質が放出される過程や、放出された放射性物質の種類や量などの推定、土壌への沈着濃度と降雨の関係、食品中の放射性物質濃度の測定や推定、人の避難や生活のタイミングと、その被ばく量への影響、外部・内部被ばく量の測定と推定、推定被ばく量からの健康影響の大きさの推測、過去の原子力災害で起こった健康影響についてのレビュー、各種計算機シミュレーションの実行と計算結果の検証……などなどである。  UNSCEARに多数の科学者が関わる理由は、このような多岐にわたる議論を“手分け”して行うためである。言い換えると、関わる80名以上の科学者の全員が全ての課題にタッチしているわけではなく、人権理事会と同様、少数名で1課題を担う仕組みをとっているはずである。  また、先述の通りUNSCEARの関心は“科学面”にあるが、国連人権理事会の関心は常に“人権面”に向けられているため、両者の活動の質を比較すること自体がそもそも無意味なのである。物理学や化学を倫理学と比較せよ、などと言われれば、たぶん誰もが「??」となるだろう。もちろん、物理学者や化学者に倫理観が必要となる機会は多々あるが、そこはUNSCEARの守備範囲外なのだ。  さらに、UNSCEARは事故影響の科学的な評価は行いつつも、各国の政策には立ち入らないことを基本ポリシーにしている。したがって、UNSCEARが日本政府の避難解除基準に意見することはない。一方、国連人権理事会の関心事は各国の政策の“人権面”にあるため、今回のトゥンジャク氏のように、日本政府の政策に直接苦言を呈することがある。この一点を見ても、UNSCEARと国連人権理事会「特別報告者」を比較することの無意味さが分かるだろう。  なお、UNSCEARの2013年福島レポートに参加した80余名の専門家のうち、UNSCEARに職位を持つのは議長・副議長を含む5名のみ、任期は2~4年である(※参照:Officers of UNSCEAR)。比較することが無意味と書いたが、敢えて比較している人々の考えに則ってこれを比較すると、6年にわたり1課題を任されるトゥンジャク氏がどれほど「国連の人」であるかが、よく分かるだろう。  余談になるが、残念なことに、2013年福島レポートの内容については、様々な誤解が広まってしまっている。この困った問題については、筆者自身が『科学』2018年10月号(岩波書店)に寄稿した記事「曲解された UNSCEAR レポート その 2 ―― 様々な誤読を呼ぶ 2013 年福島レポート」で解説しているので、興味のある読者は参照されたい。
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トゥンジャック氏の意図は何だったのか?
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