「投資先」として見た「米軍基地」はどうなのか?

藤村はるな
三浦弘人氏

沖縄不動産王・三浦弘人氏

 社会問題視されることが多い米軍基地だが、実は投資先として高い可能性を秘めている。米軍基地投資で成功した「沖縄不動産王」を直撃した!

元薄毛相談員→沖縄不動産王の軌跡

 東京で生まれ育ちながらも、まったく土地勘のなかった沖縄で、コネも投資経験もないゼロの状態から、総資産額16億円、年間家賃収入8600万円まで上り詰めた大家がいる。沖縄在住の不動産投資家である三浦弘人氏だ。彼の資産の半数以上を占めるのが米軍基地として使用されている「軍用地」。しかし、今でこそ日本有数の軍用地投資家となった三浦氏だが、「沖縄移住も不動産投資を始めたのもまったくの偶然だった」と話す。まずは彼の半生を振り返る。 《沖縄不動産王の成功ストーリー》 0歳 ’66年に東京都江戸川区で生まれる 18歳 高校卒業後、大手百貨店に就職。主に食料品を担当する 19歳 半導体メーカーに転職。雑用をこなしながら大型案件の受注に成功。しかし、経営陣からは正当な評価を受けることができず、2年ほどで退社することに 21歳 友人の紹介で始めたキャバクラ店員を皮切りにパチンコ店員、ホテルのドアマンなど複数のアルバイトを掛け持つ日々を送る 25歳 「25歳までには定職につくように」との母親からの言いつけを守り、転職活動を開始。苦労の末、大手かつらメーカーへの就職が決まる 29歳 沖縄県那覇市への転勤が決まる 30歳 沖縄で出会った女性と結婚 34歳 大手ハウスメーカーに転職。沖縄支店に勤務する 37歳 初めての物件となる新築マンションを沖縄県名護市に購入 42歳 初めての軍用地を約500万円で購入 45歳 賃貸経営が安定したことを受けて退職。専業の不動産投資家となる 46歳 軍用地の可能性に気づき、ここから一気に買い増しを始める。同時期にマンション、アパートをマンスリーマンションやホテルに業態転換する旅館業も開始 52歳 軍用地の保有額が10億円を突破したほか、マンションを4棟68戸所有、年間の借地料と家賃収入の合計が約8600万円となる

愛妻の切なる願いから沖縄への定住を決意

「私は東京の高校卒業後、百貨店や半導体メーカーの社員、ボーイ、ホテルのドアマンのバイトを転々としていたんです」  その後、25歳で大手かつらメーカーに就職し、薄毛相談員となった三浦氏。さまざまな業種で鍛えた人生経験の豊富さが功を奏し、トップ営業マンとして活躍。 「29歳で沖縄へ転勤。翌年、現地の女性と結婚しました。ただ、仕事柄、転勤が多かったにもかかわらず、妻には『沖縄以外の場所に住みたくない』と泣きつかれて……。やむなく沖縄での定住を決め、ハウスメーカーの沖縄支店へ転職。今思えば、それが転機でした」  ハウスメーカーでは、不動産の素人ながら、地主向けの建築と賃貸の営業担当を任されることに。 「仕事を通じて、自然と『どんな物件なら入居者が埋まるのか』がわかってきたので、次第に『埋まる物件を自分でつくればいいのでは』と思うようになったんです」
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定住先の沖縄で身につけた不動産知識
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