先祖代々守ってきた農地が負の遺産と化す日。相続すら放棄される農地はどうなるのか<競売事例から見える世界20>

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先祖代々守ってきた農地の執行は強い抵抗に遭うことが多い

「この、たわけが!」「たわけ者!」  これはバカ者にも似た用途でしばしば用いられる言葉だが、漢字で書くと「田分け」。元々の語源は、田を分けてしまう行為ほど愚かなことはないという意味合いだ。  収穫量減少からの衰退を危惧する警告でもあれば、土地さえあればなんとかなるという土地神話に通ずる部分もある。  これまで長らくその役目を全うしてきたこの「たわけ」という言葉だが、どうやらお役御免の時を迎えようとしているのかもしれない。  そう感じさせる事例は、昨今の差し押さえ・不動産執行で増えつつある。  地主の抱える物件が競売にかかるケースが、人口減地域で続々と発生しているためだ。  このような地主への不動産執行は難航することも少なくない。  先祖代々受け継いできた土地を自分の代で失うということは「たわけ」以上に受け入れ難いためか、最後の最後まで抗おうとする者が多いのだ。  この日の執行もご多分に漏れず日程調整に振り回されることに。

広い農家だが倒壊の危機に瀕していた

   田植えがある、農機具の納入がある、台風前に収穫したいと予定していた日程が何度もいわゆるドタキャンとなり、いよいよ待ちきれなくなった執行官が「もう鍵開けで入ります」と打診したところ、渋々出てきたという日程だった。  それでも当日朝には当時トレンドワードとなっていた「熱射病で倒れた」との理由で執行を延期してほしいという申し出があったが、仏の執行官も今回ばかりはさすがに強行の決断を下した。  債務者が行方をくらますという事態も想定し、鍵師と立会人を連れての現地入りとなったのだが、極めて健康状態の良さそうに赤黒く日焼けした債務者が炎天下の中、仁王立ちで待ち構えるというおもてなしがあり、鍵師・立会人のコンビは酷暑のあぜ道で待機させられるという熱射病の危機に。  あれだけ農作業の忙しさを打ち出していた債務者だったが、現地に到着してみると広大な農地の殆どが耕作放棄地となっており、いくつかあったビニールハウスはすべて穴だらけの荒れ地と化していた。 「熱射病は大丈夫ですか?本当にご無理なさらないように」  10分置きにあった執行官の気遣いが、優しさからくるものなのか、嫌味だったのかは定かでないが、結局債務者には広い敷地と物件の案内を終えてから世間話を開始するほどの余力があった。  母屋には債務者家族が住んでいたようだが妻子は既に別居状態にあり、分家には債務者の母親が住んでいた。  納屋に収納された農機具は埃を被っており、長らく使われた形跡がない。同様に元々は蔵だったであろう倉庫、厠(トイレ)、井戸小屋の全てが長期間保全されていなかったようで、倒壊の危機に瀕している。  このような農家住宅は広いのだが、尺貫法の間尺で正確に作られているため間取りは取りやすい。
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減反政策廃止の余波をもろに受け……
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