RADのこのラップの中で最も注目されているのが下記の歌詞だ。
“4年も経ったのに選挙もねえ国”
“オレたちに選ばせてくれるって言った自由の国”
“首相だって軍部が選んでやる国”
現政権は、2006年から続くタクシン派と保守派による争いを仲介するという名目で2014年5月に両勢力の主要人物を集めて会議するも、そのままクーデター宣言し、樹立された。誰がどう見ても軍事政権であることは間違いない。
これまで2006年からだけを見ても何度もクーデターが起こり、そのたびに選挙をしてきた。今回は前国王の崩御もあったために仕方がないが、それでも4年間、やるやると言いながら選挙は行われていない。一応2019年には行われるとは言われているものの……。
また、タイはこの政情不安から両勢力がそれぞれ政権を握ると敵対勢力の弱体化を図った。その手法のひとつがメディアなどを規制し、現政権批判を禁じたり、反対勢力の発言は反政府的、あるいは反王室的だとして取り締まりを行った。つまり、タイには発言の自由は認められず、多くの市民が「タイは共産主義者の国」と言った。
「プラテート・グー・ミー」が映像の中で切り取るシーンもそもそもはフィルム没収された報道写真をモチーフにしたものだ。タイはハリウッド映画、日本映画などでもタイにふさわしくないと判断すればいとも簡単に上映禁止とする国である。発言や表現の自由は限定的だと言える。
そんなこともあって、このRADの反政府ラップは驚きを持って迎えられた。「そんな歌、大丈夫なの?」という心配もあったが、一方で一般層のタイ人たちが心に持っていたモヤモヤをそのまま吐き出す形にもなり、一気に広まった。
タイ語は発音時に5つの声調を使い分ける必要があり、日本語以上にポップソングやラップには向いていないという。しかし、近年は時代の流れでタイ・ヒップホップも増えていた。しかし、お年寄りの耳には慣れないので、高齢者にはラップに拒否反応を見せる人もいたくらいだ。それでも内容が内容だけに、タイでは世代を超えてこの歌が大ヒットした。
注目は政府の反応だったが、さすがにここまで事態が大きくなっては手を出せなかったのかもしれない。違法ではないとしてRADに対してなんらかしらの法的な責任を問うことはないと発表があった。この発表自体、タイ政府がいかにメディアを制限していたかの裏返しだと筆者は思う。
さらに、RADに対抗して、タイ政府を持ち上げる曲「タイランド4.0」が登場した。
タイランド4.0はタイ政府が次世代のビジネスモデルとして電子マネーなどネットワークを中心にしたスタイルに移行しようと進めているプロジェクトの名称でもある。この曲を聞いた現政権はご満悦の様子であり、発表から約2週間で460万回以上の再生回数を誇り、ヒットしたとは言える。
しかし、素人の耳、あるいはタイ語が一切できない人からしても音楽性の完成度自体がRADの「プラテート・グー・ミー」の方に軍配が上がり、いくら愛国心の強いタイ人でも「タイランド4.0」にはやや失笑気味である。
バンコクはときに夕陽もきれいに映える。しかし、人々の生活は必ずしも安定しているとは言えない
<取材・文・撮影/高田胤臣(Twitter ID:
@NatureNENEAM)>
たかだたねおみ●タイ在住のライター。近著『
バンコクアソビ』(イースト・プレス)