タイで反政府ラップが異例の大ヒット。その背景にあるタイ社会の不条理

高田胤臣

RAD

RADのYouTubeチャンネルより

 いま、タイであるラッパーが歌うラップが話題になっている。
 「RAP AGAINST DICTATORSHIP(以下RAD)」の歌う「プラテート・グー・ミー」という曲だ。タイトルの意味は「オレの国にあるもの」あるいは「オレの国に」といった意味合いがある。タイでは非常に珍しい反政府を前面に押し出した曲になっている。

 全編モノクロで描かれたこの動画は、最初は曲に同調した民衆を描いているように見えるが、後半、有名な写真をモチーフにしていることがわかる。それは、報道写真などに与えられる「ピューリッツァー賞」で、1977年にAP通信のニール・ウールビッチが撮影した「バンコク路上の暴力(Strike Lifeless Body of Leftist Student)」で切り取られたシーンだ。
 実はこの写真は当時タイ政府がフィルムを没収しているが、その前にカメラマンがアメリカに写真を送ったために世界中に配信された。つまり、この写真はタイでは報道されず、多くのタイ人に知られていないシーンになる。

 この場面は1976年10月、ベトナム戦争によってタイ政府は左傾化が進んでいたため、軍部を含む右翼勢力がクーデターを画策。そのとき、バンコク西部にあるタマサート大学で武力勢力と右翼学生が左翼学生を襲撃し、死者数名と負傷者数百名の大参事になった。そこに居合わせたニール・ウールビッチは、木に吊るされた2人の左翼学生を市民らが取り囲み、死んでいるにもかかわらず笑顔で暴行を加えるという異常な光景を目にし、撮影したのであった。

 RADが歌うラップは、そんな時代から続くタイの権力者たちに対する怒りの声で、実際、参加アーティストたちの名前(偽名と思われる)は昔のクーデターに関わっていた主要政治家たちの名前をもじっているようである。

 旅行、あるいはごく普通に生活している分にはタイはこれまで通り、のんびりとした南国であり、内需も高く、商業施設はいつも賑わっている印象を受ける。しかし、現実にはタイは不況のどん底であるとタイ国内外のアナリストなどタイ経済の先端にいる人は10年も前から言っているし、特に2018年も下半期に入ってから、治安の急激な悪化が実生活上で感じられるようになっている。

 そのタイミングで発表されたRADのラップに多くのタイ人が共感し、2018年11月中旬時点ですでに3800万回以上の再生回数を誇っている。

 以下、気になったフレーズを抜粋して、その内容を紹介したい。日本語訳についてはYouTube画面に表示されるが、一部誤訳っぽいのもあるため、実際の歌詞をこちらの解釈・言葉で訳していることをご承知いただきたい。

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道徳を庶民に押し付け特権階級の犯罪は無罪放免
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