「この歳で乗れないなんて言えない…」大人向け自転車講習会に潜入
はじめはコーンの間を真っ直ぐ通るだけでも一苦労だった
この日、まず行われたのは、自転車に跨がらず取り回しの練習。ハンドルを握ったまま歩いてみたり、だんだん小走りになってみたりと、基礎中の基礎からスタートした。
地面に脚をついた状態なので、アユミさんもまだまだ安心そうな表情を見せる。同時にブレーキのかけ方も指導していくのだが、これも実は重要。恐怖心を感じている人は、つい全力でブレーキを握ってしまうので、段階的にスピードをコントロールすることが難しいのだ。インストラクターは、ギュッと握って急停車するのではなく、ゆっくり絞って速度を落とすことを丁寧に説明していく。
そうして基礎的な動作を覚えたところで、続いてはなだらかな坂道を使って、どこまでブレーキをかけずに進めるか挑戦。まだペダルはつけていないから、脚がいつでもつける状態なので、恐怖感は薄らいだ状態でバランスを取る。
アユミさん、最初の挑戦で進めたのは1メートル足らず……。乗れる人間からすると気持ちを理解するのが難しいが、かなりの恐怖心があるようだ。
「座っているとき、どこに体重をかけていいのかわからない……」と困り顔のアユミさんに、日置氏は「怖さは姿勢に表れて、つい腰が引けてしまう。少し前かがみになって、自分の進みたい方向に体を向けましょう」と指導していく。その光景は「自転車教室」というよりは「カウンセリング」に近いものがあるかもしれない。
こうして、少しずつ走行距離は伸びていき、はじめはフラフラしていた進路も、真っ直ぐ進めるよう安定してきた。路面に置かれたコーンの間を通り抜けるなど、着実に自転車を操る力がついていく。
「この講習会では、メンタルと技術、両方をケアしていきます。たとえば、参加者はぶつかるのが怖いという気持ちが強く、つい目の前ばかりを見ようとしてしまう。そうすると進路も定まりませんし、その先の前方に何があるか気づくことができません。カゴがついているだけで、路面が見えなくて怖いという方もいるぐらいです」(日置氏)
自分の体重移動とハンドル操作だけで自転車を操ることをたっぷり学んだあとは、ペダルやカゴを装着。さらにカゴに重りを入れてみたり、インストラクターが併走するなどして、少しずつプレッシャーを与えていく。はじめに体を使ったバランス感覚を養っているだけに、ペダルをつけてからは講習のペースも上がっていった。
しかし、ここで再びアユミさんの心を折るカリキュラムが……。そう、手放し運転である。と言っても、両手を離すわけではなく、片手ずつ。いったい、なぜ?
「自転車にはウィンカーがついていないので、法律上、曲がる方向や止まりますというサインをジェスチャーで指示しなければいけないんです」
この練習でも「怖い」を連呼していたアユミさんだが、なんとか走路に立つインストラクターとハイタッチを交わせるようにまでなった。本人はまだまだ自信なさげだが、坂道を1メートルも下れなかったころから比べると、かなりの進歩である。
最後はペダルに体重をかけて、立ちながら自転車に乗る練習。これも「怖い」という理由で、なかなかペダルを漕ぐ脚を止められないアユミさん。それでも坂道の上から下りてきて、スラロームなどもこなせるようになった。すっかり、ヘトヘトの様子だったが、「まずはほっぽり出していた自転車を整備して、少しずつでも乗り続けるようにしたいです」と前向きなコメントが。
子ども以上に、乗れない大人は苦労する自転車。誰にも言えないけど、コッソリ練習してみたいという人は、こういった講習会に参加してみるのもひとつの手だろう。ロードバイクなどに代表されるスポーツ車ブームの裏には、こんな地道な努力をして自転車に乗ろうとする人もいたのだ。
<取材・文・撮影/林 泰人>
ライター・編集者。日本人の父、ポーランド人の母を持つ。日本語、英語、ポーランド語のトライリンガルで西武ライオンズファン