ARAサンフアンが見つかったことで、家族の思いはそれぞれ異なったものになっている。
これまではARAサンフアンを見つけるということで大半の家族の意見は一致していた。しかし、今それが見つかったことで、彼らの胸中は複雑な思いに駆られている。
レアンドロ・シスネロスの母親ヨランダさんは「次の目的はそれ(潜水艦)を浮上させることだ。探索会社は我々との会合で水深1200メートルからまでの浮上は可能だと言っていた。それを実行するには探索会社は他の手配も必要で、大統領府の決定に依存することになると言っていた」と、「
Clarin」紙の取材に答えて述べている。
事実、907mの海底から潜水艦を浮上させることなど理論的には可能とされても実際には物理的にも資金的にも無理であるのは誰もが承知していることなのだ。以前、ロシアがの水深100mのところにある潜水艦を浮上させることをしなかったことでもわかる。
ARAサンフアンが沈没したことについて、これまでの専門家の一般的な意見は次のように推測されている。しけで波の荒れていた中を海面から比較的浅い水面下を進行していたが、荒波で海水がスノーケルの隙間から内部に侵入して船首にあったバッテリーにまで海水が入り爆発したので浮上。それを消火した後、荒波を避けて再び潜水してバッテリーの修理に取り掛かろうとして再び爆発。それ以後、舵の操作機能を失って海底に沈んでいった。その通りであるのかは、まだ解明が必要である。(参照:「
La Nacion」)
ただ、960個のバッテリーは本来は新品のものに定期的に交換せねばならないのに、購入費が巨額なのであえて再生バッテリーを設置したというのは既に公になっている。
しかも、ドイツで建造されてから32年も経過している潜水艦で、機能改善を目的で生産国のドイツにもって行くのではなく、経費節約を目的にアルゼンチンで2008年12月から2014年6月までドッグ入りしていた。一度は4つの新しいエンジンを設置するのに胴体を二分するという作業まで行っているのである。勿論、新品の潜水艦を購入するよりも修理した方が費用は安く済む。それでも当初の見積もりから3000万ペソ(1億9200万円)がオーバーし、それが経理に記帳されていないというのである。それが意味することは、賄賂に使われたということである。(参照:
消息不明のアルゼンチン潜水艦、交換されたバッテリーは新品でなく中古再生品だったことが発覚)
このような経緯のある潜水艦である。そのあともまた修理でドッグ入りもしていた。航海上でもトラブルがあったことを乗組員は知っている。それを一部の乗組員は今では遺族となってしまった家族にも話している。だから消息を絶った時に遺族の一部からポンコツの潜水艦に夫や息子を乗せられたとして政府に強い憤りを表明していたのである。
それ以後も、海軍省が遺族に伝える情報には納得の行かない点が多くあって、彼らは政府からの説明には常に不信の念をもって聞いているのである。
近くマクリ大統領自身が潜水艦の浮上はできないと遺族に伝える時が来るはずである。
<文/白石和幸>
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営から現在は貿易コンサルタントに転身