話題沸騰の書、百田尚樹著『日本国紀』を100倍楽しみ、有意義に活用する方法

「文学的修辞」を探そう

“486pの表現は、日本史全体を振り返って、「(海外に比べ)日本人は国家として、あるいは民族として大虐殺はしなかった」という意味で書いた。 141pで書いた信長の所業は、極めて例外的殺戮であり、言うなれば彼の個人的犯罪に近い。 そういう文学的修辞が読み取れないバカがいるとは思わなかった。”  これはShin Hori氏(@ShinHori1)が、「日本の歴史に、大虐殺もなければ、宗教による悲惨な争いもない」(P486)とある一方で、織田信長による比叡山焼き討ちと一向一揆鎮圧を「これは日本の歴史上かつてない大虐殺である」(P141)ともある記述の不整合を指摘したツイートに対する百田氏の返答です。  どうやら百田氏は『日本国紀』内部の矛盾や不整合のことを「文学的修辞」と呼ぶ独特な日本語感覚をお持ちらしいので、その「文学的修辞」を探してみるのも一興かも知れません。 “「和を以て貴しと為し、忤(さか)ふること無きを宗とせよ」(原文は漢文)  これが第一条の書き出しだが、まず「仲良くすることが何よりも大切で、争いごとは良くない」といっているのだ。この後、「何事も話し合いで決めよう」と続く。これは言い換えれば「民主主義」である。世界の国のほとんどが専制独裁国であった時代に、「争うことなく、話し合いで決めよう」ということを第一羲に置いた憲法というのは、世界的にも珍しい画期的なものであったといえる。”(『日本国紀』P42) “(徳川吉宗による目安箱設置について・補注)大和朝廷成立以来、千年以上、庶民は政府に対し口を出すことはできなかった(直訴は極刑)。その伝統を打ち破って、広く庶民の訴えを聞くというシステムは、近代の先進国でもおそらく初めてのことではないだろうか。私は吉宗の先進性を高く評価する。”(『日本国紀』P203)  前者の引用では十七条憲法は「民主主義」だと述べていながら、後者では庶民の政治参加が千年以上閉ざされていたと述べているのは、どうみても整合性が取れな………いえ「文学的修辞」だと思います。  この十七条憲法=民主主義という珍説は、自民党の稲田朋美議員も10月29日の衆院本会議代表質問で開陳したものですが、これは十七条憲法がどういう性格のものであるかを無視し、「憲法」という字面だけに頼って、今日的な意味での憲法と安易に同列視した、かなり筋の悪い議論と言わざるをえません。  そもそも「憲法」という語は漢籍に出典(『国語』晉語)のある語で、本来は法令や決まりごとといった程度の意味しかなく、今日のような国家統治の根本となる基本法といった意味合いは、十七条憲法には皆無です。だいたい第十六条に民衆を使役する際のルールが記されていることからも解る通り、この十七条憲法は被治者である庶民にとって無縁な、あくまで当時の貴族や官僚にとっての心構えを説いたものに過ぎないのは明白です。  今日的な意味での憲法はConstitutionの翻訳語なのですが、「憲法」という訳語が定着するまでには、幕末から明治期にかけて「国憲」や「国制」などさまざまな訳語の試行錯誤がありました。(参照:石川愛世「Constitution と日本語「憲法」 ―明治期啓蒙思想家の西欧文化受容―」『大阪総合保育大学紀要』第10号、2016)  つまり、十七条憲法と今日の憲法とは単に文字が同じだけで、その中味はまったく異なるものなのです。それにしても、稲田議員も百田氏も庶民が意見を言えない政治体制を、なぜわざわざ「民主主義」などと呼びたがるのでしょう。事実関係をねじ曲げてまで、西洋由来の概念の類似品を過去の日本に見出すのがまともな保守の身振りとは私には到底思えませんが、あるいはこれも「文学的修辞」の一種なのでしょうか。
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