話題沸騰の書、百田尚樹著『日本国紀』を100倍楽しみ、有意義に活用する方法

「ヘビのように入念にチェック」

 百田氏はジャーナリスト兼編集者の有本香氏が『日本国紀』の編集に参加したことについて、 “『日本国紀』は、有本香さんに編集をお願いして大正解でした!  一つ一つの文章をヘビのように入念にチェックし、わずかでも疑問があれば、容赦しませんでした。  もう堪忍してくれ!と何度も悲鳴をあげましたが、出来上がってみると、感謝しかありません!”  とツイートしています。では、この「ヘビのように入念にチェック」されたはずの『日本国紀』を改めて「ヘビのように入念にチェック」してみましょう。 “卑弥呼は『魏志』「倭人伝」に「鬼道を使って人を惑わす」と書かれていることから、一種のシャーマン(巫女(みこ))であったと考えられる。もしかしたら「日巫女」であったかもしれない。”(『日本国紀』P16)  百田氏のいう卑弥呼は「日巫女」、つまり太陽に仕える女シャーマンだとの説は別に目新しいものではなく、Wikipediaにも(出典が明示されないまま)掲載されているものです。この説が誰によって唱えられたのかは今回の調査では突き止められませんでしたが、Google検索すると「超古代史」やら「竹内文書」やらといったものを取り扱ったブログや書籍が多数ヒットしました。『日本国紀』は「すべて事実」であるはずなのに不思議ですが、百田氏は「かもしれない」とあくまで推定として述べていますから、この方向から責めるのは止します。  さて、推定を述べるにしても、やはり少しぐらいはもっともらしさが欲しいところです。もっともらしさこそ「歴史のロマン」(P17)の原動力でもありますから。この点で「卑弥呼=日巫女」説はじつは大きな弱点を抱えています。というのも、この説が成り立つためには、卑弥呼が生きていた3世紀頃に女性シャーマンを意味する「ミコ」という日本語が存在していなくてはなりません。 『日本国語大辞典〈第2版〉』(小学館)は、日本語辞書として現状最大のもので、各単語の用例は可能なかぎり文献初出のものを挙げるという原則が貫かれています。この辞書で「ミコ」を調べてみると、挙げられている最古の用例は12世紀末の『梁塵秘抄』のものでした。  私も複数のデータベース等で確認しましたが、たしかに『梁塵秘抄』以前の文献には「ミコ」という日本語は確認できません。「ミコ」の代わりに女性シャーマンを意味する言葉として古くから使われていたのは「カムナキ(後にカンナギ)」で、平安時代前期の漢字辞書『新撰字鏡』にも「巫 加无奈支」、つまり「巫」の字義は、日本語の「カムナキ」だとの記述があります。『日本書紀』にも古くから「カムナキ」と訓じるとされている語が複数ありますから、やはり卑弥呼の時代に「ミコ」という言葉が存在していた可能性は微粒子レベルでしか存在していないと言っていいでしょう。
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